舞台と私と炎とナージャ
辺理可付加
第1話 夢を見た
夢を見た。
視界いっぱいに燃え盛る炎の中。
一人の少女が佇んでいる。
私と同い年くらい。
こっちに背を向けて。
左肩に掛けた赤いマントはボロボロで。
両手に
力尽きたように佇んでいる。
その子がこっちへ振り返ろうとしたそのとき、
「ん」
カリリリリリン、とアナログな目覚まし時計がベルを打ち、
「
洗面所から声がする。
ルームメイトの
動かないでいると、
「耳にくるヤツ使ってるのに、起きなかったら世話ないよ」
タオルで顔を拭きつつ枕元へ。
「小学生から使ってるんだもん。慣れちゃった」
「そんな言い訳、時間は聞いちゃくれないよ」
彼女は容赦なく掛け布団を剥がす。
「ほら、自主練するんでしょ。遅れるよ」
秋、朝7時のレッスンルーム。
この時期、自主練する子は多い。
人波の中で私は掻き消えそうに見えた。
都立
日本中から役者の卵が集まる、演劇界のエリートコース。
私はその2年生2学期を迎えている。
それも、学年末にある学外公演のオーディションが近いころ。
ここでスカウトの目に留まるかで、道の開け方も大きく変わる。
だから来たるべき日に備えて熱く燃えている
はずなのに
「ふぅ」
「どうしたの? 最近ため息多いね」
「恋でもしてるってことで」
「あらやだ」
適当な返事をすると、旭ちゃんは適当に流してくれた
と思いきや
「やめちゃうの?」
「えっ」
「演技」
核心のど真ん中を静かに貫かれた。
「ごめんね? このまえ図書室で見かけて。照明の本熱心に読んでたから」
「あー」
実はそのとおりだったり。
2年生の1学期。期末の学外公演。
私はオーディションを勝ち抜き役を得た。
端役ってほどじゃないけど主役級でもない。
それでも裏方に回った子からすればうらやましかったはず。
私自身も自尊心はあった。
だけど、
「
「えっ」
レッスンで与えられた指導は私の理解を超えていた。
「どういう」
「陽気な役だから『陽気な声と動きで脚本を起こしてる』だけ」
演劇ってそういうものじゃないの?
私の心臓は凍り付いた。
「セリフの一つ一つ。ガヴローシュがどういう人間で、何を思ってこう言うのか。考えてる?」
今日だけじゃない。ガヴローシュだけじゃない。
今までの全てを否定された気がした。
それ以来、演技に手応えもないまま、先生のお墨付きも出ないまま。
私は期末公演を迎え、
ガヴローシュは淡々と死んでいった。
二学期に入っても調子は戻らず、
『これでいいのか』が常に付きまとう。
不安は動きを
私はこの大事な時期に進化するどころか
おっかなびっくり舞台に立つ、初心者にまで退化してしまった。
その夜も夢を見た。
昨日の少女がいた。
服装は新品だった。
場所はどこかのお城か宮殿の大広間で、燃えていなかった。
それでも昨日の夢、昨日の彼女だと私には分かった。
窓から差し込む朝日の中、少女は
きっと王だろう。
彼が合図をすると、少女には剣が与えられる。
彼女はそれを受け取り、お城を、故郷を旅立った。
きっと大いなる冒険と、
英雄としての試練が待っているんだ。
不安と使命感の入り混じった、わずかに下がった口角をしている。
その次の夜も夢を見た。
相変わらず少女がいる。光に照らされ佇んでいる。
一瞬昼かと思ったけど、夜だ。
村が燃えている。
影絵のような人が逃げ惑い、甲冑を着た骸骨が追い回す。
きっとこの世界には魔王軍とかがいて、襲撃に来たんだろう。
剣に手を掛けた少女の体から怒りが燃え上がる。
比喩じゃなくて本当の炎だ。そういう力があるんだろう。
少女は瞬く間に敵を薙ぎ倒す。
けれど、
生存者はいなかった。
彼女は跪いて、何か呟いている。
祈っているのか、懺悔なのかは分からない。
ただその姿が痛くて。
一歩近付いた瞬間、
「誰っ!?」
少女は勢いよく振り返った。
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