44話 どうせ眠れないなら、玖瑠美を異世界に連れていってあげよう

 玖瑠美が手を握ってきた。僕も握り返す。


 ときおり玖瑠美は、まるで僕が起きているか確かめるかのように指を動かす。僕も指を動かして、まだ眠れないことを伝える。


 このままじゃ巻きこまれた玖瑠美が可哀相だ……。


 ……そうだ。どうせ不安で眠れないなら……。


 僕は玖瑠美に気取られないよう、右手をそっと布団から出して、ゆっくりと動かしてスマホを取る。そして電源を入れ、ユウの動画チャンネルを表示して、最新の配信をタップする。


 そこは配信世界『バニーガールの園』だった。


 カウンター席にはバニーガールのユウがいて、笑顔で出迎えてくれた。どうやらファンタジー世界の修正作業はまだ終わっていないようだ。


「スマホからワープする異世界、配信世界へようこそ~。私は、配信神のユウなのじゃ~。セイちゃん、今日は――」


 僕はカウンターに近寄って手をつくと、ユウの発言を遮る。


「ごめん! 聞いて!」


「ん~? 先ずは落ちつくのじゃ~。ここはキャストと楽しくお喋りをする世界なのじゃ~」


「うん。落ちついてる。あ、いや、落ち着けないかもしれないけど、そこは許して。SNSで僕が無実の罪を着せられて炎上しちゃって、それで、妹が不安になって夜も寝れない感じで……。新聞配達の音にも怯えちゃって、本当に可哀相で。だから、なんとかしてあげたいんだ」


「むむむ。なるほど。妹のことが心配だから、この異世界転移を有効活用したいんだね?」


「うん。ユウのチャンネルのアドレスを妹に教えて配信を再生させたら、ここに来れる? ここなら夜中に喋っていても誰かの迷惑にならないし、ユウと会話を楽しめば妹も不安を忘れて気が楽になるだろうし。だから、僕が現実に戻って、妹に配信を再生させるから、この世界は夢ってことにして妹とお喋りしてくれないかな」


 ユウは気まずそうに、僕の背後へ視線を逃がした。


「……お主の妹をここに連れてくるのは、もう無理なのじゃ」


「……! そんな……! ユウに励ましてもらう作戦は使えないのか……。なら、早く現実に戻らないと……。来たばかりだけど帰るよ。妹を一人にはしておけないから……」


 ユウが「待て」という感じで手の平を向けてきた。


「まあ、話は最後まで聞くのじゃ」


「うん。でも、妹のそばにいてあげたいから……」


「よいか? この世界に来れるのは、選ばれし者のみ。選ばれたのはお主じゃ」


「うん」


「しかし、お主以外がここに来る方法が、二つあるのじゃ」


「お願い。教えて!」


「うむ。思いだすのじゃ。大抵のゲームには『フレンドを招待する』機能があるのじゃ」


 希望が見えた僕は、思わず叫ぶ。


「……! 確かにクリームコロッケ!」


「フードのオーダー入りま~す。って真面目な話しているんだから、フードオーダーしないで?!」


「フレンド登録の仕方を教えて!」


「それは簡単なのじゃ。先ず、現実世界で『一緒に出掛けようと誘ったら来てくれる』くらいの関係になるのじゃ」


「うん。それは大丈夫。妹は誘ったらどこでも来るし、僕は誘われたらどこでも行く関係だよ」


「心の底から妹のこと大好き?」


「もちろん」


「本当に、少しも嫌いなところない?」


「それは……。来年から高校生なんだし、いい加減、僕がいる部屋で着替えるなとか、下着のまま風呂から出てくるなとか、将来Vになるためにセンシティブ発言の練習をするのは構わないんだけど、できれば清楚売りしてほしいとか……。言いたいことはあるというか、言っているからたまに喧嘩するけど、だから嫌いということはないし……」


「大好きなんじゃね?」


「うん。大好きだよ」


「う~ん。これは、シスコン。へい! かにクリームコロッケ、お待ち!」


「そんな寿司っぽく言わんでも……」


「大丈夫。愛の力ですべて解決なのじゃ!」


 コトッ。


 コトッ。


 二つも皿を置かれた。両方ともかにクリームコロッケが載っている。ユウの分までオーダーしたことにされたらしい。


 まあ、ゲーム内通貨だし、いっか。


 スッ。


 ん?

 背後で何かが動いたような気配が。


 なんだろうと思い、振り返ろうとすると、同じタイミングで誰かが席に座った。気づかなかったけど、僕の背後にいた?


 それは、顔を真っ赤にした妹、玖瑠美だった。


「え? あれ?」


「お兄ちゃん……。私のこと好き過ぎ……」


 俯いて小声でぼそりと喋っていて様子が変だけど、本人だよな?


 僕が覗きこむと、顔を背けられてしまった。本当に本人か?


「なんで? まだ招待してない」


「誠一郎。飲み物、オーダーしてー」


「あ。じゃあ、オレンジジュース三つで」


 僕は玖瑠美の隣の席に座る。


 もう一度見ても、やはり玖瑠美だ。

 どういうことだ?

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