17話 ゲーム仕様で窮地を乗り切る!

「な、なんだ、こいつ、急にキモい動きしやがって」


「おい、下谷、てめえ、何してんだ!」


 うーん。どうしよう。ゲーム仕様を活用してこの窮地から逃れたい。


 けど、レッドベリーと土じゃ、どうにもならない。


 あ……。一時中断したらどうなるんだろう。


 ゲーム世界で一時中断したら僕の意識は現実に戻り、スマホの画面は幽体離脱みたいに自分の体を見下ろしていた。


 なら、今ここで一時中断したら、僕の視界は体を離れられるってこと?


 周囲を偵察できるなら、安全な場所や先生を探せるかもしれない。


(一時中断!)


 僕は強く念じた。


 すると、視界は靄がかかったかのように薄くなり、僕の意識は肉体の背後、少し上に移動した。


(で、できた。僕が棒立ちで完全停止したから、不良が困惑している)


 殴られたらダメージは喰らうだろうし、早く周囲を移動して、この窮地を脱する術がないか探さなければ。


 僕は意識を校舎の方に移動させようとし――。


 グルンッ!


(え?)


 まるで肉体と紐で繋がっているかのように、校舎の方に行けない。


 それどころか、肉体を中心にして円を描いて横方向へ移動してしまう。


(ゲームだし、そういう仕様か! うわっ!)


 壁が迫ってきた。正確には僕が自ら全力で壁に体当たりしようとしている。


 僕は反射的に両手で顔を庇った。


 すっ!


 衝撃はない。


(壁の中にめりこんだか……。ここは屋内? 目の前にあるの、なんだ?)


 何か足のようなものが目の前に二本立っているから、正体を確かめるために僕は視線を上げた。


(うわあっ!)


 僕は、下着姿のユウと最初に遭遇したときに匹敵するレベルで叫んだ。


 見上げたのは下着姿の女子だった。


 あ、いや、下着は見てない。膝の裏の辺りまで見た時点で、人間だって気づいて、視線を下げた。


 多分、女子の更衣室だ。


 じっくり見ていないから分からないけど、ここは武道場だし、柔道部か剣道部だろう。時間的に、朝の練習を終えて制服に着替えているところだ。


(わあああっ! こんなの痴漢だ! 一時中断解除!)


 僕は即座に一時中断を解除した。


 再び不良に囲まれた状態に戻る。


 いつの間にか壁を背にして、三方を囲まれていた。どうやら押しこまれたらしい。


 しかし、僕はこの窮地を脱する術を閃いた。


 自らもダメージを喰らうかもしれないが、こうするしかない。


「あ、あの許してください……」


 僕は許しを請うための土下座をするフリをし……。


 目の前にいる不良の下半身に抱きつき、大声で叫ぶ。


「嫌です! 肩車なんて嫌です! 覗きの手伝いなんてできません!」


 嘘には嘘で対抗するドン!


「テメエ、なに言ってんだ」


「キショいんだよ。放せ」


 不良達はすぐ上が女子更衣室だと知らないのか、焦った様子はなく、四人で僕を引き剥がそうとするだけだ。


 やかましいVの方達、我に力を!


「ゴメンけど、覗きの手伝いなんて出来ません! これ絶対、覗きだろ! 里中さん許してください! 覗きなんてやめてください! 里中さん! ホワアアアアアアアアアアッ!」


 女子達に気づいてもらうために絶叫したら、側頭部を蹴られた。しかしノーダメージ。


 あっ!


 ハートが一つ灰色になった。


 ダメージが蓄積して、僕の生命力が六分の一消滅したんだ。しかし、ハートを一つ失うだけの効果はあった。


 ガラッ。


 窓が開いたと思われる音が降ってきた。


「うわっ。最悪。外に男子がいる!」


「写真とって! とって!」


 よし。女子が騒いでくれた。これで、不良は逃げるしかないだろう。


「くそっ! 行くぞ!」


 女子の声を切っ掛けにして不良達が去っていく。僕はしがみついていた男の脚を解放する。


 窓は開いているんだよな?


 だったら……!


「里中さん! 待ってください! 何発殴られても覗きの手伝いなんてできません! 許してください! 里中さん!」


 僕は不良の名前を連呼した。


 頼む。女子。覚えてくれ。犯人は里中。先生に言ってくれ!


 さて、ここにいつまでもいたら、僕まで痴漢疑惑をかけられるかもしれないし、立ち去ろう。


 幸い、手足は問題なく動く。


 僕はそそくさと立ち去った。


 漫画あるある展開だと、ダメージを感じないキャラクターは、いきなり限界が来て倒れることがあるから、僕も気をつけよう。


 今は普通に動くけど、本来は動けないほどの痛みを感じているかもしれない。


 校舎に入ると、すぐトイレに向かい、鏡を見た。


 僕の顔は綺麗だった。あ、いや、ブサイクだから綺麗ではないんだけど。日本語って難しいな。とにかく、傷はない。


 嬉しいことに、制服も汚れていない。


 これは、ゲーム仕様が適用されているからだろうか。大半のゲームでは、ダメージを負っても顔グラは変わらないし、服は汚れない。


 ……そうだ。


 僕は個室に入り、レッドベリーが欲しいと念じてみた。


(インベントリー、オープン! レッドベリーを取りだす! ……出た!)


 僕はレッドベリーを食べた。視界の下で、灰色のハートがピンク色に戻った。


(ふう。これで安心。次、ゲーム世界に行ったら、レッドベリーを備蓄しておこう)


 トイレを出て教室に戻ると、あとは平穏に過ぎた。


 しかし、真面目に授業を受けようとしても、つい、余所事を考えてしまう。


(レッドベリーをこっちで売ればお金儲けができる? うーん。体力が回復する果物なんて怪しいか……。異世界で日本の物を売る漫画はよくあるけど、逆は難しいのかな。……ん? 待てよ)


 僕は念のため教師がこっちを見ていないことを確かめてから、消しゴムを握る。


(収納! ……ッ! 消えた! 消しゴムの感触がなくなった!)


 僕は手を開く。ないなった……。消えてる。


(インベントリー、オープン!)



 レッドベリー:1

 土:1

 消しゴム:1



(うおおおおっ! できてる! ということは、日本からゲーム世界に物を持っていけるんだ! ……あ。いや、でも、そうしたらゲームバランスが崩れるか。ユウはあの世界を配信映えするように調整しようとしているんだし、日本の物を持ち込むのはやめた方がいいな)


 僕は消しゴムをインベントリーから出した。


 さて。上級生の不良が二年の教室に来ることもないから、午後も普段どおり過ごせた。


 ピンポンパンポーン♪


『掃除の時間になりました。みなさん。担当場所の掃除を開始してください』


 ポンパンポンポーン……。


 すべての授業カルマが終わり、ゴミを掃除する時間ときが来た……。


 僕はよりにもよって今朝不良に絡まれた武道場の周囲が担当だ。


 いったん武道場を通り過ぎて、用具倉庫から竹箒とちりとりを取り、武道場に戻る。


 落葉の季節じゃないし毎日掃除しているから、武道場の近辺に掃き集めるようなゴミはない。


 煙草の吸い殻でも落ちてないかなー。あったら先生に報告して、犯人捜しをしてもらうんだが。


「さっむ……。さっさと終わらせて帰ろう……」


 ピンポンパンポーン♪


 ん?

 掃除中に校内放送なんて珍しいな。


『三年C組の里中君。放課後、生徒指導室に来るように。繰り返します。三年C組の里中君。放課後、生徒指導室に来るように』


 ポンパンポンポーン……。


 里中www


 絶対、僕に名前を連呼されたから痴漢容疑で呼ばれただろ。


 僕は悪くないよねぇ?


 里中パイセンの進学とか就職とかがなくなれば、めちゃくちゃ嬉しいんだが。

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