11話 メニューを出したり一時中断したりして、ゲーム世界のシステムを確かめる

「ところで、ここには倒すべき魔王とか、世界を支配する帝国とかいる感じ?」


「いないのじゃー」


「じゃあ『あつまろう 野獣の森』とか『マインクラフォト』みたいなゲームかな? サンドボックスとか箱庭っていうジャンルだっけ……」


「多分そう」


「良かった。ゾンビの徘徊する世界で7日間生き延びる的なのじゃなくて……」


「ゾンビ、出す~?」


「出せるの?」


「もちろんなのじゃ! ワシは配信神なのじゃ。なんでーも、でーきるーわ~♪」


「いきなり歌うのやめて。しかもよりにもよって、ネズミで有名なスタジオのアニメ。権利関係が怖いし。それと、ゾンビはなしで! えっと……。世界の仕様に関わるようなどんな要望でも出してもいい感じなの?」


「いいよ! むしろガンガン出して! いっぱい出して」


「となると、最優先で決めたいのはモンスターだけど……」


 悩ましいぞ。


 パン一の僕としては、モンスターと遭遇したくないし、仕様は早めに決めておきたい。


 けど、モンスターのことは迂闊には決めたらいけない気がする。


 もちろん、殺されたくないから危険なモンスターは要らない。


 しかし、配信映えを考慮するなら、モンスターと遭遇して危機に陥った方が盛り上がるし……。


「うーん。とりあえず、いったん保留で」


「いったん木綿。了解」


 あっ。妹もよく口にする『了解』というフレーズで思いだした。


「ところで、アパートの僕はどうなってるの? 長時間こっちに転移してたら、妹が心配するんだけど」


「厳密には異世界転移ではないのじゃ。ゲームしていると思ってくれていいのじゃ。セーイチローのコピーされた肉体がここにあって、意識だけこっちに来ているのじゃ。本体はアパートで寝ている感じなのじゃ」


「あ。そうなんだ。じゃあ、こっちに来れるのは、肉体が動いていなくても不自然じゃない状況の時か」


「うん。わしら夜の関係じゃね……」


「言い方ぁ」


「わしとしてはいっぱいこっちに来てくれると嬉しいのじゃが、セーイチローにもリアルに充実した生活があるじゃろうし、適度なところで中断して戻ればいいのじゃ」


「中断? キャラクターエディットのときみたいな?」


「うむ。ゲーム世界に来た今なら、『メニュー』から『肉体に戻る』を選べば、いつでも戻れるのじゃ。ゲームから出れば、配信からも自動で出るのじゃ。配信世界の中にこのゲーム世界があるんじゃけど、最初のうちは区別しなくても大丈夫なのじゃ」


「なるほど。で、メニューはどうやって出すの?」


「『メニュー』って感じで念じるのじゃ!」


 ユウは両手で頬をムニューっと潰して、変顔をしてきた。


「君は説明が下手なタイプか。それはメニューじゃなくて、ムニュ~ッ」


「ヒューマン! 目がついていないの? 無乳じゃないのじゃ! ワシは巨乳なのじゃ!」


「あの、僕、高校生だし、そういうセンシティブなの遠慮してもろて……」


「いいから、こうやってメニューを開くのじゃ!」


 僕は真似して、両手で自分の頬を挟む。


「メニュー!」


 何も起こらない。


「ぶふっ……。笑わすな! 真面目にやるのじゃ」


「真似しただけなのに……」


 僕はふてくされたフリをしつつ、内心ではユウの反応が嬉しかった。


 ユウは最初から――あ、いや最初は僕が逃げたけど――手が届くような近い距離に立っているし、僕を真っ直ぐ見つめてくる。


 そのことが嬉しい。


「僕達、友達だよな!」


 僕が拳を突きだすと、ユウも拳をだして重ねてきた。


「脈絡ぅー。友達でいいけど、なんでいきなりー? 会話の流れどうなったのじゃ?」


「へへっ! 空気読めないってよく言われる!」


「まったくもー。短時間に二回もガッ! するとは思わなかったのじゃ。わしのことは同じ箱の先輩のようにうまや、うやまら、うまらや……うらやしまがってくれるかと思っていたのに、初手でフレンドリームーヴしてくるとは思わなかったのじゃ。度しがたいヒューマンなのじゃー。手を出すのじゃー」


「こう?」


 僕が手を出すと、ユウが両手で掴んで、指を押したり曲げたりしてくる。


 ちょっとくすぐったい。


 視界の上に横長のメニューバーが表示された。僕達は東に向かって歩き続けていているが、その速度に合わせてメニューバーも一緒に移動する。


「次からは同じ操作でメニューを出せるのじゃ」


「操作を覚えていないというか、自分じゃ再現できない」


「えーっ。そういうこと言って、またユウの手を触りたいんだー」


「……うん!」


「マ?! ヒューマンのくせに神をびっくりさせるとはなんてやつ!」


 ユウは僕から離れる方向にピョコンと跳ねて、体を左右に揺らす。


「ちょっと、別の意味でもドキドキしちゃった! もー。ここはそういうゲームじゃないけど、そういうゲームにしちゃう~? 全年齢向けの世界だけど、パンチラくらいなら見せちゃうよ~?」


「すでにパンチラレアリティがコモンの、丸出しの人に言われても……」


「か~ら~の~?」


「メニュー操作ってどうやるの? 自分にしか見えていないタッチパネルを触ると、傍から見るといきなり踊りだしたように見えない?」


「身振りでいけるけど、念じてもいけるのじゃ。か~ら~の~?」


 僕はメニューを操作する。


 アイテムとか装備とかマップとか、定番のメニューが並ぶが、『肉体に戻る』はない。


 まあ、こういうメニューだと、『メニュー画面に戻る』的な機能は『オプション』とか『設定』の辺りに紛れ込んでいるんだよな。


 念じて操作すると、確かに『設定』のサブメニューに『肉体に戻る』があった。


「あ。すぐに戻ってくるなら、一時中断がいいかも」


「あ。そういうのもあるんだ」


「直立不動になって『一時中断』って念じてみるのじゃ」


「分かった」


「さっきも言ったように、このゲーム世界は配信世界の中にある一つに過ぎないのじゃ。他にも様々な世界があるのじゃ。お主が元の部屋に戻ると、スマホではゲームが起動していて、一時中断状態になっていると思うのじゃ。そこから戻ってくるのじゃ。もし間違って閉じたりフリーズしたりしたときは、ワシの動画チャンネルに入り口を用意しておくから、そこの最新動画にアクセスして戻ってくるのじゃ!」


「分かった」


「ちゃんと戻ってきてね?」


「うん。じゃあ、いったん落ちます」


 僕は体育の気をつけポーズで、『一時中断』と念じてみた。


 体にかかる重力の方向が変わり、世界が変わったと実感できる。


 僕は自宅アパートの布団で仰向けになっている状態だ。

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