3話 女性が男に絡まれていたから助ける

 僕は、検索サイトで『配信神ユウ』を調べてみた。


 しかし、それらしい情報は見つからない。


 そうこうしているうちに、アルバイトの時間が近くなってきた。


 僕達は別に生活に困っているわけではない。


 裕福とは言えないけど、両親の遺産や保険金があるため、贅沢しなければ僕と妹が高校に通うくらいのお金はある。僕がアルバイトしているのは、オタ活のためだ。


 そのことは妹も理解しているから、よく漫画やアニメに出てくる妹キャラみたいに「私、高校に行かずに働く」なんてことは言わない。


 僕も「お前を高校に行かせてやるために働く」とか「大学に行かせてやるために働く」とか言わないし、そんな意図はない。


「バイト行ってくる。一人で寂しかったら僕の枕を抱いて先に寝てるんだぞ」


「んー。お兄ちゃんの枕かあ。抜け毛を数えているうちに朝が来そう。集めた毛で大草原生える」


「それは悪い意味で刺さる人には刺さるから他の返しにして」


「うぃ。いってら~」


 僕はアルバイト先のコンビニに向かった。


 一九時頃。


 さっきの『部分的にそう』な異世界転移はなんだったんだろう。高校の配信部を退部にさせられたショックで、変な幻覚を見てしまったのだろうか……。


 そんなことを考えながらバレンタイン特設コーナーの棚を整頓していると、一人の客がレジに向かっていくのが見えた。


 僕は作業を切りあげてレジカウンターに入り、客を誘導する。


「いらっしゃいませ。こちらのレジ、どうぞ」


「二七番ください」


 注文された番号のせいで僕は笑いかけるが我慢し、煙草をとり、会計をした。


 危なかった。『二七番ください』はVTuberファンの多くが知っている有名なネタだ。V界隈の、少し前の流行語と言えるだろう。


 それからしばらく客は来なかった。


 駅近のコンビニだから普段はそれなりに客が来るんだけど……。


 僕は自作ノートを開き、パラパラとめくる。


 このノートには仕事の手順や、お客様が来る時間帯やよく売れる商品などの情報がメモしてある。


「確か以前も木曜なのに客がまったく来なかったときがあるな。……あ。この前は事故で電車が止まっていたのか。じゃあ、今日も? ……ん?」


 通りの様子を見ようとしたら、駐車場に異変を感じた。


 宣伝の貼り紙があるから全容ははっきりしないけど――。


「え? ヤバい? 女の人が男に襲われている?」


 僕はすぐにレジカウンターを出て、外を目指す。事件なら通報しなければならない。


 自動ドアが開くと、争う声が聞こえてくる。


「少シ、カラオケスルダケデス。遊ビマショウ」


「外、暗イデス。明ルイトコ、送ッテアゲマス」


「やっ、やめてください……!」


 若い女性が、二人の男に挟まれている。


 女性は恐怖のあまり、大きな声を出せないようだ。そのせいで、僕が店外の異常に気づくのが遅れてしまった。


 喋り方や顔立ちから察するに、女性に絡んでいるのは外国人だ。


 女性が僕に気づき、救いを求める視線を送ってきた。


 怖いけど、やるしかない。


 僕の最推しメロン艦長も「女性が困っていたら助けてあげるんだよ~。そこから恋が始まるかも。私だったら惚れちゃうよ」と言っていたし。


 喰らえ、僕の必殺、空気読めないスキル!


「いらっしゃいませ! サクサクチキン、揚げたてでーす!」


 僕は腹の底から大声を出し、三人に近づく。


 普段より大きい声が出たのは、配信部のことで溜まっていたストレスを発散したいという理由もあるかもしれない。


 僕は女性と男との間に割りこむようにして、もう一度、大声で繰り返す。


「寒い夜には揚げたてのサクサクチキンがオススメです! 早くしないと、チキン冷めちゃいますよ!」


 どうだ。これぞ、メロン艦長が『君達さー。そのクソコメなんなの? 空気読めないにも程があるんだが?』と褒めてくれた俺達『乗組員』の固有スキル『空気読めない』だ!


 女性に纏わりつきし、怪しい男よ、去れ!


「チキン、イラナイ! オマエ邪魔!」


 男は僕の胸を乱暴に突いてきた。


 僕は後ろによろめきながら、女性に逃げるよう促す。


「トイレ入って! 鍵かけて!」


「は、はい!」


 女性はコンビニの入り口に向かって駆けだした。


 これで安心だ。コンビニに防犯カメラがあることくらい外国人だって知っているだろうから追いかけないだろう。


 外国人が女性を追いかけようとするから、僕は牽制のために叫ぶ。


「チキン冷めちゃいますよ!」


 防犯カメラで録ってますよ!


 しまった。心の声とネタが逆だった!


 ガンッ!


「痛ッ!」


 背後から殴られた。


 ガンッ!


 また殴られた。


 痛みを感じるのは勿体ない。空気読めないスキルで乗り越えろ!


「悪霊退散! 悪霊退散!」


 ここには暴力を振るう外国人なんていない。


 悪霊がいるだけだ。無視しろ。


 僕は勤務に戻るためコンビニに戻ろうとする。


 ドンッ!


 背後に大きな衝撃を受け僕は転倒した。


 うおおおっ。やべえ。ポルターガイストだ。


 立ち上がる間もなく、何度も踏まれるような衝撃が襲ってくる。


 ドンッ、ガッ、ガッ!


「オ前、邪魔! 女、逃ゲラレタ!」


 あ。そうだ。


 前、メロン艦長がコンビニ夜勤のホラーゲームを実況配信していたっけ。


 アーカイブに残っているだろうし、帰ったら見よ。


 ガツンッ!


 顔面に強い衝撃をくらった。


 感じたくないのに「痛い」と思ってしまった。鼻血が大量に噴きだしたのが分かる。

 いっぱい、出ちゃった……と脳内で艦長ボイス再生、余裕過ぎる。ついでに『おめえ、いい加減にしろよー!』とコラボ相手からのツッコミまで脳内再生されるまである。


「オマエ気持チ悪イ! 顔覚エタ! コノ店使ワナイ。潰レロ!」


「日本人男ゴミ! 喧嘩弱イ!」


 僕は何度も蹴られる。体を丸めて亀のポーズで身を護る。


 痛い……。


 いや、痛いなんて感じるな。こんなやつらのせいで辛い思いをするのは勿体ない。


 そんなことよりも、この出来事をメロン艦長に報告しよう。


 コメント、読んでもらえるかな。女性を助けたこと、褒めてもらえるかな。


 あー。でも。『大丈夫だった? 怪我していない?』と心配されるのは気がひけるし、『嘘、乙!』と笑われる方がいいかも……。


 やがてポルターガイストは収まり、気味の悪い笑い声を発しながらゴーストは去っていく。


 まったく、今日は部活を退部させられるし、悪霊に襲われるし、やれやれだぜ。


 ん?


 駐車場の外でなんか喚いている?


「日本人邪魔! 退ケ!」


「なんだテメエ。いきなりラリってんのか?」


「謝罪シロ! 私達外国人!」


「あ? イキがってんじゃねえぞ。ぶちのめすぞ、コラァ!」


「兄貴、どうしたんすか。もめ事っすか?」


「兄貴、下がってください。ここは俺にやらせてくださいっすよ!」


「日本人死ネ! 大勢卑怯者ッ! チンチン小サイ!」


「ざけてんじゃねえぞ!」


「痛イ! 痛イ! ギャアアアアアアアアアアッ!」


 物陰に移動したから分からんけど、声や物音を聞いた感じだと、『兄貴』とやらの仲間は一〇人以上いる気がするんだが。因果応報ってやつか。現代風に言って、ざまぁ!


 あ、それよりもさっきの女の人は大丈夫かな。

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