「先輩! 私の好感度を上げるチャンスです!」
吹井賢(ふくいけん)
春の話
「暇ですねえ、先輩」
「暇だなあ」
俺がそう返すと、
「なんです、その面白味のない返答は! 私の好感度、下がっちゃいますよ!?」
と、俺を睨んだ。
大きな三つ編みが尻尾のように揺れた。
いや、知らねーよ、お前の好感度なんて。
右腕の時計に視線を落とす。
まだ五時過ぎか……。
バイトが終わるのは午後七時、あと二時間弱はあった。
隣に立つ大谷は、すっかりオフモードで、レジ傍らの柱に背中を預けている。
国道沿いのファミレス。
ホールスタッフは、俺、
夕食にはまだ早い時間帯ということもあってか、客はゼロだった。
つまり、いつも通りだった。
「大谷」
「なんですか?」
「お前、必要か?」
「突然!? 唐突な存在の否定!? いきなりなんですか!」
「言い方が悪かった。この時間帯にホールスタッフは二人いらないんじゃないかと思って」
「ああ、そういうことですか。でも、言葉選びは気を付けてくださいよ? 今、私の好感度が5下がりました!」
だから知らねーよ、お前の好感度なんて。
大谷は「いらないと思いますねえ」と話題を戻した。
「むしろ、一人もいらないと思います。キッチンの池端先輩達で事足りるんじゃないですか?」
「でも、兼任にすると、たまの混雑時に困るんだよな」
「ままなりませんね」
「働く側としちゃ、楽でいいけどな」
「先輩、『大変だけど楽しい』と『楽だけど退屈』なら、どっちが好きですか?」
「楽しくて楽」
「即答! そして、当たり前な回答!」
「なんだよ、急に」
「暇だったんで」
「なんだったんだよ、この時間」
本当になんで訊いてきたんだよ。
「あ、そうだ。こういう感じのアルバイトって、嫌な人は嫌だとも聞きますよね。やりがいがない、みたいな」
「大谷は嫌なのか? こういう暇な仕事は」
「いえ、大歓迎ですけど。先輩と同じで」
「余計に会話の意味がないじゃねーか」
「それより、先輩。呼び方、呼び方」
「え?」
「前に言いませんでしたっけ? 私、名前で呼ばれるのが好きだ、って。『大谷』って苗字も可愛くないですし」
「ああ、なんか言ってたな」
「物凄くどうでも良さそうな反応! いいんですか、今の返答で! 私の好感度が10は下がりますよ!?」
10下がったからどうしたって言うんだよ。
「あー、はいはい。名前呼びがいいんだな」
「はい。『玉緒』って、響きが可愛いじゃないですか。だから、折角なら、名前で呼ばれたいんですよね」
「そうか」
「はい」
「それで大谷、」
「無視!? 私の話、聞いてました!?」
「聞いてたけど、お前が名前呼びされたいことと、俺が名前呼びするかどうかは別問題だろ」
「それはそうですが、名前呼びすると、なんと! 私の好感度が5ずつ上がります!」
「簡単に上がる好感度だな」
お前がギャルゲーのキャラなら、さぞかし攻略が楽だろうな。
ギャルゲーなんて、やったことないけど。
「でも、気を付けてくださいよ? 好感度は簡単に下がりますから」
「男子に対する女子の好感度なんて、簡単に下がるもんだろ」
「なんて後ろ向きな認識! でも、一面では事実だから、なんとも言えない!」
テレビ番組やらネットニュースやらで、「百年の恋も冷めた瞬間」だの、「彼氏のNG行動」だの、しょっちゅう見るからな。
「先輩はいいですよね」
「何がだ?」
「『深い』に『泥』で、『
「カッコいいかどうかは知らないが、『深泥』はただの地名姓だよ」
「きっと二つ名は『血みどろの深泥』ですね」
「やめろ、俺が痛い奴みたいになる」
とんだ貰い事故だ。
「で、結局のところ、名前では呼んでくれないんですか?」
「呼ぶこと自体はいいんだが、名前で呼ぶような関係性じゃないだろ」
「そんな……。冷淡な反応ですね、私と先輩の仲じゃないですか」
「ほぼ他人だな」
「本当に冷淡!」
大谷がこのファミレスで働き出したのが四月頭で、もうすぐ六月だから……。
大体、二ヵ月の付き合いか。
バイト先の同僚。
通っている高校は別で、中学が一緒だったというわけでもない。
「……うん。ほぼ他人だな」
「改めて言わないでください! 悲しくなります!」
「大体、お前も俺のこと、『先輩』呼びじゃないか」
「そりゃ、先輩ですから。バ先の先輩ですし、学年も一つ上ですし」
あ、と大谷は言った。
「じゃあ、私もこれからは名前で呼びますよ」
「呼ばんでいい」
「よろしくな、サトシ」
「なんでタメ語になってんだよ」
話してて飽きないな、コイツは。
こういう暇な時にはありがたいよ。
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