終章
現在 本当の事件の帰結
年末年始の喧噪が一段落ついた頃、茉莉と壮一は墓地へやってきていた。佐野と一緒に、佐野の家族の墓参りをするためだった。
「今日は、わざわざありがとう」
相変わらずの黒ずくめの佐野が、墓地の入り口で二人を待っていた。初春の晴れ渡る空の下、花束を持った茉莉が佐野に駆け寄った。
「お礼を言うのはこっちですよ。私にとっては、命の恩人なんですから」
墓参りをしたいと言い出したのは茉莉だった。
「変な話ですけど、もし佐野先生のお姉さんが白水飛鳥をシキにしてくれなかったら私は事故でそのまま死んでたんですからね」
壮一も茉莉に続いた。
「俺も……シキにはならなかったかもしれないけど、多分まだ天使の家にいて死んだように生きていたと思う。鳴海先生と佐野先生に会えて、本当によかった。それもこれもやっぱり変な話なんですけど、佐野先生のご家族のおかげです」
それから茉莉と壮一は佐野に連れられて、ひとつの墓石の前にやってきた。佐野家の四人が納められている墓石はよく手入れがされ、きれいな花が生けられていた。佐野の話では、いつも誰かが手を合わせに来ているそうだった。
「今でもさ、兄ちゃんの彼女さんが来てくれるんだ。この前旦那と子供を連れていたときはびっくりしたな。旦那さんも事件のこと知ってるから、兄ちゃんに挨拶に来てるんだとか。あとは父さんの親戚とか母さんの友達とか、みんなちょくちょくやってきてくれる。十五年も経ったのに、みんな忘れないんだ。忘れてもいいのに」
墓前に花を飾り、火をつけた線香を供えた。壮一にとって、誰かの墓に参るのは初めての経験だった。
「みなさんのおかげで、今の俺がこうしているんです。絶対忘れるわけがありません」
壮一は熱心に手を合わせた。壮一は事件の後に今の家族の元に戻ったが、やはり父親との折り合いがつきそうになかった。逆に父親の再婚相手は壮一を不憫に思い、また彼女の連れ子たちは面倒見のいい壮一に懐いていた。歪ではあるが、壮一は少しずつ居場所を構築していた。
佐野はいつでも八霞神社に来るよう、壮一に言いつけてあった。先日佐野の元を訪れた壮一は、進路で悩んでいた。この数ヶ月でようやく壮一はなんとか中学一年生レベルにまで遅れを取り戻していたが、到底受験には間に合いそうになかった。中学校からは偏差値の低い高校や定時制などを勧められ、今後どうすればいいのかを同じく普通に高校に通えなかった佐野に相談しに来ていた。
進路も壮一の重大事項であったが、もうひとつ壮一には懸念があった。シキの力である「周囲を不幸にする力」をどうにかしないといけなかった。吉川と佐野の見立てでは、壮一が霊視を会得して不幸の流れを制御できるようにすればよいのではとのことだった。勉強と霊視の両立ができるか壮一は不安だったが、ようやく自分の時間が回り始めたことを実感した。
そして、壮一は瑛人が再度高校に入学してグラフィックデザイナーの専門学校を目指していることを佐野に報告していた。その中で今まで連絡のとれなかった島村瞳も、宗源聖光の逮捕後にようやく連絡がとれて近日再会できそうだということも語られた。
少しずつ歩き始めた壮一に続いて、茉莉も手を合わせる。
「どんな形でも、生きている限り忘れたくないことは忘れないですよ」
茉莉は事件の後、冬期講習に戻ってひたすら柴崎塾長と生徒たちに向き合った。
茉莉が不安に思っていた美奈子も、年明けの授業には機嫌良く参加していた。鞄には島村マナブのアクリルキーホルダーではなく、美奈子のオリジナルのマスコットがぶら下がっていた。「お母さんがね、上手だって褒めてくれた」という美奈子の喜ぶ顔を見て、茉莉は自分の進む道が険しいばかりではないと涙が出る思いだった。
その後、柴崎塾長にその話をすると「嫌なことも多いけど、その分リターンも多いだろ? あのいい顔が忘れられなくて、この仕事辞められないんだ」と零した。
そして佐野は柴崎塾長の好意で、年明けから週二回のところを週一回に減らして出勤を続けることになった。やれる範囲で社会と関わることが、現在の佐野の目標になっていた。
墓石の前で、佐野はこれからのことを家族に語った。
「俺、もう少し生きてみるよ。今まで興味なかったけど、犯罪被害者の会とか、自助会とかにも顔出してみようと思う。俺の話を聞いて、もう少し頑張ってみようって思う人がいるなら、少しでも助けになりたいから」
今まで、何故生き残ったのかということばかり考えていた。しかし、必然があって生き残ったのであれば出来ることも多いはずだということにようやく気がついた。寒い夜道からようやく帰還できた佐野は、やっと次の目標へ向かう意識が芽生えてきていた。
墓参りを終え、墓地を後にした三人はこれからの予定を考える。どこかで昼食を食べた後、八霞神社に戻って佐野と茉莉で壮一と英語の学習について話し合うことになった。
「そうだ。こいつはやっぱり、お前が持ってる方がいい」
道すがら、佐野は壮一に島村マナブのキーホルダーを渡した。
「……うん。絶対忘れない」
壮一はそっとキーホルダーをポケットにしまった。その様子に、茉莉は佐野に鍵を拾ってもらったときのことを思い出した。
『禍福はあざなえる縄のごとし、って言うだろう?』
あの日、あの道を選んだから。
あの時、偶然出会ったから。
そうやって人生は複雑に絡み合っていくから面白いのだ、と茉莉は思った。
〈了〉
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