第3話
達也はスマートフォンを手に持ったまま、サンダルを履き、ドアを開けた。隣の部屋の年齢層の近そうな男が壁に肘をついてぼんやりと見上げていた。やはり顔になった月を見ているようだった。
蝶番の擦れる音に気づいたのか男は振り返って達也と目が合った。気まずそうに小さく会釈した。達也もそれに倣って頭を下げるがすでに男は顔の向きを戻していたので、自分が頭を下げたのを見たのかはわからなかった。
男と少し距離を取って、達也は顔の月を見上げた。最初に見たときやSNSに上げられた写真と変わらず、ふてぶてしい表情で見下ろす顔が夜の闇に浮かんでいた。
「やっぱ、見ちゃいますよね」
声の方を振り返ると男は達也を見ていた。手には缶ビールを持っていることに今さらながら気づいた。達也の返事がなく気づまりに感じたのか、男は言葉を加えた。
「ネットニュースでなんとか現象で顔に見えるだけって書いてたのを見たんですけど、に一億人が急に顔に見えることってあります? 今まで兎だったのに」
「確かに、その通りですね」
達也が言うと「ですよね」と男は深く頷いた。酒が入り、気持ちが大きくなって喋りかける勇気が出たのかもしれない。ただ男の言うことは全くおかしくなかった。
「おれ、顔の月、今までに地球で死んだ人たちの魂じゃないかって思うんですよね」
「魂?」
「はい」男は当然のように答えた。「よく星になって見守るよ、なんていうじゃないですか。月だって一応星じゃないですか」
星と惑星は微妙に違うのではないかと達也は思うが、詳しくはわからないので首をひねるだけにした。
「僕のお袋がね、三ヶ月前に癌で亡くなったんですけど、まあそういやあの顔に似てなくもないなって」
「なるほど」
返答としておかしかったが、男は特に気にするそぶりはなかった。大事な肉親を病気で亡くしたばかりなら、確かにそういうスピリチュアルな思考になってもおかしくはないなと達也は思った。同時に男のような境遇の人々も同じように思うのだろうかとも思った。男はビールを飲み干すと「じゃあ」と月に言っているのか達也に言っているのかわからないかんじで部屋に戻っていった。次に会うとき、男は達也と話したことを覚えているだろうかと思った。
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