第7話  冥界の番人

 様子を見ていたヨウに限界がきた。

 これ以上、人が死ぬところを見過ごせない。

 もっと早く出るべきだったと反省したいところだが、正直オロチが怖かった。

 恐怖がヨウの足を鈍らせていた。それでも、行かなければいけない時がある。

 

 ヨウはアイコンタクトを送ると、チーム狼刀の風は無言で頷く。

 そして、ヨウは上級魔法、土の神『ドルド』の神語を詠唱した。

 その間にアリア達はオロチに飛び掛かった。


 狙撃ポイントを変えたヘレンの矢がまた飛んで来る。オロチのこめかみをかすめて血が流れると、オロチは嬉しくなってペロリと唇を舐める。

 しかし、もうそこにはヘレンはいない。

 

「姿が見えないのは厄介ですね、さてさて」


「やあああ!」


「おや?新手のようで!」  

 

 アリアが巨人の斧を振りかぶりながら飛んで来る。


「何かの冗談ですかい?あんなデケェ斧を持って飛び上がるなんて人間じゃねえ――と驚いてみたがいいのかい?そんな直接的な攻撃じゃ斬って下さいって頭下げられてるもんですぜ!」


 オロチは笑いを浮かべて、横一文字に剣を振った。

 亜人の直感が警笛を鳴らす。あの斬撃は危険だ!――ヴァンは叫んだ。


「危ない!」


 ヴァンは風の精霊を使ってアリアを半身分だけ浮かせた。

 これが精一杯。アリアは軽いが巨人の斧は重い。

 風の精霊は風の魔法(風の神)ほど強くはないので、これ以上は持ち上げられない。これが精霊の限界だった。


 それでもアリアの命を救った。

 

 半身浮いたお陰で、斬撃はアリアの足元を素通りして、後ろの森を豆腐の様にバタバタと斬り倒した。だがまだ危険は去っていない。飛び上がったアリアは止まれない。急には方向転換出来ない。アリアは、そのままオロチに突っ込むしかなかった。


「不用意に近づかない事をお勧めします。私は『断刀』の使い手でして、形有る物は全てを斬る事が出来ます!」


 隙あり!アリアに気を取られているオロチの背後取ったヴァンは、風の精霊の力を借りて、ナイフの様に切れるかまいたちを蹴りに纏わせたが、ヒラリと身をかわされてしまった。


 更に追撃を仕掛けたアレイスは、トカゲの右手を固く握り締めて、オロチの顎めがけて地面スレスレから大きく弧を描いてアッパーが放った。

 しかし、拳はオロチの顎には届かない。何故ならアレイスの腕が胴体と別れて地面に落ちたからだ。


 オロチは何時の間にアレイスの腕を斬り落としていた。

 アレイスは斬り落とされた自分の腕を見てゾッとした。そして遅れてやって来た激痛に悲鳴を漏らした。


「ウァァァァァ―――」

  

「だから言ったでしょう。不用意に近づくなって」


「嘘‥アレイスの肌は鉄より硬いのに!」アリアは身構える。


「言ったでしょう。あっしの断刀は形あるものは何でも斬れるってね!カカカ」


「ハア‥ハア‥何のこれしき。問題無い!」


 断刀によって斬られたレイスのトカゲの腕は瞬時に新しい腕が生えて再生した。

 

「面白い体をしている。嬢さん人間止めたのかい?」


「未練は無い!」


「後悔ないならそりゃ結構」


 アレイスと話している隙を突いて、アリアはオロチの頭上へ一直線に巨人の斧を振り下ろした。


「いや、生け捕りなんだろ?アリア熱くなり過ぎだぞ!」


 ヨウは声を荒げるが、しかし、これも空振り。アリアの攻撃を最小限度の動きでかわす。代わりに大地は割れて枯葉と砂埃が舞った。


「カカカ!そんな大振りでは当たりませんな~!」 


「ヒラヒラかわして!もう頭きた!絶対当ててやる!」


「カカカ――?」 

 

 巨人の斧なんて見かけ倒し。デカいだけで、巨人以外、持ち上がる事が出来ないガラクタ同然の武器のはずだった。その馬鹿でかい斧を目の前の鎧女がいとも簡単に振り回して見せるので驚いた。そのことは素直に賞賛する。

 が、だから何だというのだ。動きは単調、目を閉じたって避けられる。当たらない武器など恐るるに足らず。

 

 だが、アリアの斬撃はオロチの衣服を斬っていた。それで背中が顕わとなった。


 馬鹿な!鎧女はあの馬鹿デカい巨人の斧をあっしの想像を越えた速度で振り下ろしたというのか?あっしは馬鹿だ。でなければただの阿保。デカいだけで単調な攻撃だと侮っていた自分が恥ずかしい。僅かな動揺が指先まで広がって硬直した。オロチは初めて隙を見せた。


「ヨウ!今!」


 準備は出来ていた。

 ヨウはすでに、土の上級魔法『ドルド』の神語を詠唱し終えていた。神の言葉に感応した大地は自我が芽生えた様に揺れ始めると、ゴツゴツした岩の手が地面から飛び出しオロチを握り締めた。


「なんと!」


「ヨシ!捕まえた!俺達の勝ちだ!」


 怖かった。けど、捕らえる事が出来た。心から安堵したヨウはオロチの前に出て来た。


「こ、こんにちわ」


「おやおや?昨日温泉で合った子供じゃないですか?おやおやおや、よく見たら狼坊やもいやがるじゃないか。戦闘に夢中で気付きやせんでしたよ。か〜なんてこった。あっしとした事が、子供相手に刀を抜いていたとは!あまりに未熟!」


「‥取り敢えず、貴方を倭国に引き渡します。これも仕事なんで、悪く思わないでほしい」 


「悪い?とんでもない。アンタ達は悪くない。悪いのは全て倭国なり。真正の悪は正義の仮面をかぶり言葉巧みに欺くなり。これに勝る極悪人はおらず!――ぬおおおお!」


 オロチは顔を真っ赤にして気合いを入れると、筋肉が膨張させて力だけで土魔法を弾いた。


「マジか!化け物め!」


「化け物?カカカ!言い得て妙ですな!」


 笑うオロチの背中は、アリアのお陰で、顕わとなって、何かの印が衣服の隙間から見え隠れする。オロチの後ろにいたハズキはその印をみて驚いた。

 オロチの背中に浮かぶその印は冥層印めいそういんと言い、冥界の番人である証である。呪術士はその冥界の番人を召喚する事が出来るのだが、オロチも呪術士に召喚された冥界の番人だった。が――問題をそこではない。ハズキ驚いたのは印の中に刻まれた【五】の一字だった。


「――第五層の番人!」


「ほう。貴方もしかして呪術士ですか?」


 冥界の番人とは各層に落ちてきた死人を管理する者達を言うのだが、冥界は第一層から第六層まであり、生前犯した罪が重い者ほど下へ落ちる。下に行けば行くほど罪人は凶悪で強くなる。なので必然的に番人も下に行くほど強くなる。オロチは最下層の1つ上、第五層を管理する番人だった。つまりは圧倒的に強いと言う事だ。

 

「駄目‥勝てない。彼は呪術士が召喚した冥界の番人よ!」


 冥界の番人?ヨウ達はキョトンとしてハズキの忠告の重みが理解出来なかった。


「カカカ!あっしは冥界神から直に仰せつかった第五層の番人。そんじゃそこらの番人とは出来が違う。――おっとっとなんだいその疑いの目は?ならお試しに寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」


 本気を出したオロチは木から木へと飛び移って移動する。

 目で追うが、早すぎて捉える事が出来ない。そこにいたはずがもういない。木だけが揺れてシュシュと音だけが聞えてくる。完全にオロチが見えなくなってしまった。


 は?何だこれ?

 1億ルピなんて安すぎる!

 割に合わないぞ!倭国に訴えてやる!


 オロチはハズキの後ろに立つ。ハズキは後ろを取られた事に気付いていない。オロチは静かにハズキの喉元へ剣を滑らせる。

 が――またしてもヘレンの矢がオロチの眉間に飛んで来た。だが、オロチはこうなると予見していた。準備が出来ていたオロチは矢を素手で掴むとニヤリと口角を上げる。


 「かかりましたね‥」矢が飛んで来た方向にオロチは断刀の構えを取る。


 「――!」


 後ろにオロチがいる事に驚いたハズキは動揺して、咄嗟に冥界第一層の神『メル』の神語を震わせながら詠唱した。

 

 その神語にヨウは驚いた。魔法?でも聞いた事がない神語だ。上級より上の魔法なのか?

 

 ハズキは詠唱を終えるとパンと手を合わせた。

 すると、鳥居が現れ、中から、背中の印の中に【一】の文字が刻まれてた子供くらいの小さい青鬼と、2mくらいの赤鬼が飛び出して来た。


 いや、魔法じゃなかった!これが呪術士!面白い!凄い!まだ知らない神語があるだなんて!帰ったら是非教えてもらいたい。ヨウは興奮して胸が高鳴る。


「アイツをやっつけて!」


 ハズキに号令で、赤鬼は手から狐火を出して御手玉で遊ぶようにオロチに投げてくる。青鬼はすばしっこい動きでオロチに飛び掛かる。

 

「一層の番人風情が五層の番人であるオロチに勝てるとでも!カカカ。愚かなり!」


 そんな事はハズキも解っていた。

 案の定、あっさり首を刎ねらた青鬼と赤鬼は冥界へ帰ってしまった。


 「‥これが私に出来る精一杯。だから今の内に逃げて!ヘレン!」


 これでヘレンが逃げられる。

 ハズキの狙いははじめからヘレンが逃げる為の時間稼ぎだった。

 

「ほ~成程。実力不足を時間稼ぎに使いましたか。素晴らしい!友を思う気持ちに感服しました。でしたら、こんなやり方はどうでしょう?」 


 オロチはハズキの喉に剣を当てる。


「無駄よ。ヘレンは出て来ない。彼女はチームに入ってまだ、日が浅い。いざとなったら、私達を見捨てて逃げるわ!」


「だが逃げなかった。現にあっしに弓を引いて来たじゃありませんか?」


「――ッ」


「ほ~ら、おいでなすった!カカカ」


 ヘレンは弓と矢を捨ててオロチの前に出て来た。


「これでいいのでしょう」


「はい。恐れ入ります」


 また殺される。ヨウは拳を強く握る。だがどうする?どうすればここから逆転出来る。アイツに弱点はないのか?

 

 ヨウはふと包帯で巻かれた左腕を見た。今は包帯でグルグルに巻いて隠しているがその中は骨の手になっている。

 

 コイツが役に立つのかわからない。でも迷っている時ではない。ヨウは包帯を解いて骨の手を広げた。その手の中から真っ黒な鎌が出て来た。


「おや?コイツは驚いた。まだ、そんな隠し玉を持っていたとは。で?それをどうするんでしょうな~カカカ!」


 ん‥なんだ?地面が揺れている。また、あの少年の魔法か?小賢しい。

 いや、違う。――なんと!あっしの足が震えているじゃねえか!

 本能があの鎌を恐れてるというのか?

 ぬぬ‥あの鎌は危険だ!先に破壊しなければいけない!


 オロチはターゲットを変えてヨウが手にする鎌に狙いを定め襲いかかってきた。


「うわああ!」


 ヨウは咄嗟に鎌を盾にした。

 このままでは『断刀』で鎌もろとも首まで斬られてしまう。

 

 ところがカキンと固い金属音が響いた。ヨウの目と鼻の先でオロチの剣が止まった。なんとオロチの断刀をもってしても、鎌を切断する事が出来ず、傷を付ける事さえ出来なかった。微かな勝機にヨウは息が荒くする。

 

 「なんと!我が断刀が通じないとは!」


オロチは再び力を込めるがビクともしない。――この鎌はいったい?

 

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