ー裏側ー 裏社会でしか生きられない男達の物語

ちゃんマー

第1話

 この世の中は表の世界と裏の世界が混じり合うことで成り立っている。


 物事には表と裏が必ずある。


 右があれば左があり、上があれば下がある。 北があれば南だし、善があれば悪があるように、昼があれば夜がある。


 という風に、すべて表があればその反対は裏なのである。


 どちらが表でどちらが裏かは分からない。


 いま当たり前にある日常生活や道徳、法律が表の世界ならば、それに反するもの、嘘、非道徳、犯罪はすべて裏いうことになる。




 1999年7月 夏


「ああ、金がほしい…どっかええ話ないかのう。 のう淳、どっかええ話ないか」


「はい兄貴、金もええですがノストラダムスの大予言、あれホンマですかね。 ホンマなら今年やないですか、世界の終わりは…」


「おうそれよそれ!ホンマに世界の終わりが来るなら、そこら歩きよるええ女全部犯しまくっちゃるわい」


「あー、それええですね。 なら自分は(あゆ)いったりますわ、そしておもいっきり中に出したりますわ」


「バカやのうお前は、あれクラスのアーティストになったら、ごっついSPがついとるぞ。 お前なんか赤子の手を捻るようにして殺られるわ、間違いなく瞬殺よ」


「ははは、その前に後ろからこうバーンですわ。 世界の終わりですよ、殺したってええでしょう」


 そう言うと淳は、右手をピストルの形にした。


「おう、ええ、ええ、でも(あゆ)そのSPに先に犯られとるやろのう」


「なんすか?兄貴、人の夢を壊さんでくださいよ」


「なんやお前? 夢っち、こまいのう。 てか、ノストラダムスのそれに絡めてリアルな感じをかもしだしやがって、想像力豊かやのうお前は…」


 兄貴などと呼ばれているが、次郎はヤクザではない。


 若いころ一度は席を置いていたことがあるが、結局は長続きせず辞めた。


 辞めたと言っても、会社やバイトみたいに辞めます、はいそうですかなんてことにはならない。


 そんな風にして辞められる組織など皆無といっていいだろう。


 若いヤクザの辞め方なんて、逃げるくらいしかないのだ。


 業界では、逃げることを飛ぶと言う。


 だから例にならって次郎も その飛んだくちだ。


 辞めたいなどと言おうものなら、100%説得される。


 兄貴分やらなんやらが出てきて、親父にこんなに世話になっときながら…とかなんとか言われながら丸めこまれるのがオチだ。


 そして、結局は辞められないのだ。


 それでも、辞めると言える剛の者もいるだろう。


 しかし、そうなると今度は暴力で訴えてくる、暴力団なのである。


 暴力は得意分野である、したがって結局選択肢は飛ぶしかなくなる。


 飛ぶと大抵、破門処分にされる。


 うちを逃げた奴だから拾わないようにと、他組織に対しての伝達である。


 そうなると地元なんかには勿論居られない。


 居るところを見つかれば、酷い目にあわされるからだ。


 大抵の場合一人では来ない、必ず人数で来る、それがヤクザのセオリーと言うやつだ。


 ヤクザは負ける喧嘩はしないのだ。


 幸運にもその時勝てたとしても、必ずこっちが負けるまで何回も来るのだ。


 ヤクザが堅気に負けたら商売あがったりである、暴力団なのだ。


 例にもれず、次郎も地元を離れざるを得なくなり、今は九州にある地方都市で生活をしている。


 大したお金も持たず、着の身着のままにとびだしたのである。


 まともな職に就けるはずもなく、またその気もなく、とどのつまり結局はその地区で知り合ったヤクザに取り入り、そのシノギを手伝いながらなんとか生計をたて暮らしている。


 いわゆる準構成員と言うやつで、分かりやすく言えばチンピラである。


 金持ちのチンピラなど聞いたことがない。


 多分に漏れず 次郎もやはり金が無かった。


 ジャニーズばりの容姿でもあれば、そこらの女でもコマしていい暮らしでも出来ていたかもしれないが、次郎の容姿はそうでもない。


 バレンタインのチョコレートなど母親と姉以外からはもらったことがない。


 畠中次郎(29)今年の終わりでもう30歳である。


「兄貴、どこ行くんですか?」


「おう、ちょっと事務所にな、お前も付いてこいや」


「は、はい」



 次郎クラスのチンピラが用も無いのに事務所に顔を出せるはずもない。


 出せば面倒な用事を言いつけられるのがオチだ、普通であれば近づきもしない。


 ヤクザの事務所に常時人が詰めている組は それなりの大きな組である。


 次郎が世話になってるその組事務所は、5時になると留守番電話になり、当番と言っても事務所の掃除をするだけの掃除当番。


 外で出来ないような話の時に使ったり、何かの集まりの時に使うくらいの機能しかはたしてないのである。


 そして次郎は、事務所に人が居ない時間帯を知っているのである。


 時々用も無いのに その時間帯に自分の舎弟を連れて行っては、自分の威厳を高めているのだ。


「ん、なんや誰もおらんやないや。 どうなっとんかいなこの組は、終わっとんのう。

まあ淳、どこでも座れ、遠慮すんなや」


 言いながら次郎は いつも兄貴分が座る場所にドカッと座った。


「は、はぁ し、失礼します」


「おう、淳、コーヒーかなんか入れんかい」


「えっ、あの、どうやって」


「バカかお前、そこのキッチン行ってみろや、なんかあるやろ。 ホンマお前は、なんも出来んのう」


 いつも自分が兄貴分に言われて居るように言い放つ。


「は、はい、すみません」


”ピンポーン”


「あ、兄貴、だ、誰か来ました」


「う、うろたえんなやバカ、出て見れや」


 言いながら次郎は、いつも自分が座る隅の席に素早く移った。


 淳が応対にでて何やらしゃべっている。


「あ、兄貴」


「なんや」


「ち、中国人が来ました」


「はあ?」


 淳に言われ応対に出てみると、ドアの前に男が4人立っていた。


 言われないと中国人だとは分からない。


 そこら辺を歩いているサラリーマンと変わらない。


「ナカタサン、イマスカ?」


 4人の中の1人がたどたどしい日本語で聞いてきた。


「は?、中田裕司のこと?」


「ハイ、ナカタユウジサン、イマスカ」


「今、居らんのやけど、なんか伝えとこうか」


「トテモダイジナヨウジネ、スグレンラクネガイマス」


 4人の中国人が一斉に頭を下げる。


 

 中田裕司と言うのは、次郎と同じ影山組に面倒を見てもらってるチンピラで、次郎と歳も近いことから、時々飲みに行ったりする。


 仲は良い方だ、そう言えば最近やたらと羽振りがよく 中国人がどうのこうの言っていたような気がする。


 淳に応対をまかせて、奥で事務所の電話から連絡を入れる。


 先月の携帯電話の通話料など、どこでどう使ったのか7万も来て、目が飛び出しそうになったばかりである。


「はい、裕司です」


 事務所の電話からかけて正解である、3コール以内に中田は出た。


 これが、自分の携帯からかけようものなら、10コールは待たされるだろうし、たまに出ないときもある。


「ああ、裕司くん、俺、次郎」


「次郎くん、なに?、どうした」


「なんか中国人が事務所に来とるぞ、中田さんお願いしますって」


「ええっ、マジで?、アイツら…事務所まで… 今、事務所に誰が居るん?」


「俺と淳だけや」


「兄貴らは?」


「おらん」


「そう、良かった。 ちょっと次郎くん悪いんやけど、アイツらにもう中田は連絡取れんって言うてくれんね?」


「えっ、別に言いけど…でも儲かるんやないん?」


「いや、儲かるけどもうええわ面倒くさいし、次郎くん好きにしたらええよ。 あと、絶対に兄貴に言うたらいかんよ」


「ああ、分かった、兄貴には黙っとく」


「ホンマ頼んどくよ、兄貴には絶対やけね」


「大丈夫って、言わん言わん」


「オッケー、じゃあ後はよろしく」


 そう言って次郎に押し付けるようにして裕司は電話を切った。


 次郎にしても断ろうと思えば断れたはずだが、アイツらは儲かると言う 前に裕司が話していたことに少し興味があったのだ。


「さてと…どうしたもんかいな…」

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