八、まれびと④


 月光の下に葬列が伸びていた。


 喪服の村人たちが、社殿の前に並んでいる。

 手にした白菊の花が、青い燐光を放っている。

 社殿からは若い母親の泣き声が聞こえてくる。


「また誰か亡くなったの?」

 箱家から甲板を見下ろしながら、サルは言った。

「うん。チドリさんのところの赤ちゃん。昨日の夜中に熱を出して、今日のお昼には息を引き取ったんだって」


 これもまた、よくあることだった。

 村の女たちは六人、七人と子供を産む。

 けれど、ちゃんと大人に育つのはせいぜい二、三人だ。


 とくに赤ん坊は、かんたんに死んでしまう。

 ろうそくがすきま風に消えるように、ふと目を離したすきに命を落としてしまう。


 集まった人々のなかにウヅメの姿を見つけた。

 きっとアメノ様の使い走りをしているのだろう。

 葬列の案内をする村長様に、何かことづけを伝えている。


「わたしもそろそろ行くね」

 喪服の裾をつまんで立ち上がった。そして首をかしげる。

「サルは行かないの?」


「私は行けないよ。アメノ様のお許しを得ていない」

「アメノ様はともかく……サルはどう思っているの。赤ちゃんが死んだんだよ。みんなが悲しんでいるんだよ。お葬式に出て一緒に悲しむのが、村人として当然だとわたしは思う」


「私もそう思う」

 サルの口調は重かった。

「できることなら私も葬列に連なりたい。しかしアメノ様は──」


「関係ないよ!」

 私は語気を強めた。

「アメノ様は関係ない。サルがお葬式に並びたいのなら、並んでいいと思う」


 サルは達観したように首を振った。

「そういうわけにはいかない。……いいかい、カガミ。村のしきたりや伝統を軽んじてはいけないよ」

「でもサルは、ほんとうはお葬式に出たいんでしょう。村人として認められたいんでしょう」


「君は人をよく見ているね」

 サルは微笑む。

「君の言うとおり、たしかに私は村の一員になりたい。だけど誰かの死をきっかけにしたくないんだ。赤ん坊の葬式を利用するなんて言語道断だ」

「でも……」

「分かったら、早く行くといい。私はここから葬列を眺めて、心のなかで死を悼むことにする。……きっとアメノ様も、そのうち私を認めてくださるだろう。その日までの我慢だ。さあ、早く行かないとお葬式が終わってしまうよ」


 わたしはしぶしぶ箱家を後にした。

 縄ばしごを降りて、社殿に向かう。


 ──りん、りん。


 鈴の音が響いている。

 死者を弔うために、アメノ様が鈴を振っているのだ。

 冷たい月光の下に喪服の列が続いている。

 社殿からは、悲鳴のような泣き声が続いている。


 ──りん、りん、りん。


 列の向こうにウヅメがいた。

 葬儀用の衣装に身を包んで、並んだ人々に白い花を配っている。

 彼女はわたしを見つけると、足早に近寄ってきた。


「か、カガミちゃん……探し、探していたよ……お母さまが」


 お母さんは葬儀の手伝いをしているはず。

 わたしにも何か仕事を言いつけるつもりなのだろう。


 必死な顔でウヅメは続けた。

「お母さまは……しゃ、社殿にいらっしゃるの。……だからね、カガミちゃんも、社殿に……」


「いいの、ウヅメ」

 いけないことだと分かっていた。

 だけど、お母さんを手伝うよりもサルに会いたかった。

 彼の役に立ちたかった。


「お母さんの仕事は、お母さんがやればいいでしょう。わたしは関係ないよ」

「だ、だけど……」


 ウヅメの差し出した白菊を、わたしはひったくるように受け取る。

 青い燐光がパッと弾ける。


「そんなことよりウヅメ、あなたに頼みがあるの。サルをお葬式に参列させてあげたいんだけど」

 ウヅメはびくっと顔を上げた。

「ダメ! ……ご、ごめんなさい。でも、ダメなの」

「どうして?」

「それは……アメノ様が……」


「知ってるよ。アメノ様は、サルがお嫌いなんでしょう。だけど、ウヅメはどうなの? 同じ村で暮らす誰かを特別扱いするなんて、よくないことだと思わない?」

「……よ、よくないと……思う」

「そうでしょう。だったら、ウヅメからもアメノ様にお願いしてよ。サルを特別扱いしないでください、って」


 アメノ様がサルを下界に捨てると言い出したとき、止めたのはウヅメだ。

 わたしはウヅメを、ちょっぴり見直していた。

 いつも何かに怯えたように目をまんまるにしているけれど、頭はからっぽじゃない。

 彼女なりに何かを考えているのだ、と。


「ウヅメのお願いなら、アメノ様も耳を貸してくださるんじゃないかな」

 語り女の見習いは、申し訳なさそうに目を伏せた。

 切り揃えられた前髪が、はらりとおでこにかかる。

 ウヅメは小さく、しかし、はっきりと首を横に振った。


「……ダメ」


「どうして? ウヅメはサルが嫌いなの? アメノ様と同じように、サルのことを悪い人だと思っているの」

 ウヅメはぶるぶると首を振る。

「思わない。き、嫌いでも、ない。……だけど、カガミちゃん!」

 泣き出しそうな顔になる。

だからといって、だからといって……。


「なに、それ」

 わたしは不機嫌な声で答えた。


 あの時のわたしには、ウヅメの言葉の意味も、アメノ様の真意も分からなかった。

 語り女たちは古くさい伝統に縛られていて、ウヅメもそれに染められてしまったのだと落胆した。


 ──りん、りん。りん、りん。


 葬儀は粛々と進んでいった。

 集まった人々は棺桶を花で満たした。

 死んだ赤ん坊のほっぺたを、夜光性の花びらが青や緑に染めた。


 ウヅメや村長様、お母さんは黙々と働き、サルは箱家の窓から葬儀を眺めていた。


 アメノ様の鈴がひときわ大きな音を鳴らした。

 棺桶は社殿から降ろされ、甲板の真ん中を運ばれていく。

 地平線まで続く白い霧を、月が照らしていた。


 人々に見守られて、棺桶は下界へと投げ落とされた。


 菊の花びらが宙を舞い、燐光の帯が渦を巻く。

 棺桶はどんどん小さくなり、やがて霧に溶けて見えなくなった。


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