積み上げた徳で僕は来世もフルスクラッチする
原純
第1話 キャラクターを選択してください
「──侯爵家に生まれながらまさか『無職』で、しかもレベルも『無し』とは……。
ヴィオーラ、お前のような出来損ないを我がグロリアス家に置いておくわけにはいかん。荷物をまとめてとっとと出ていけ。せめてもの情けとして、これまでお前に買い与えてやったものはくれてやる。
当然だが、皇太子との婚約も破棄だ。無職の娘など、恥ずかしくてとても皇室には見せられん。
対外的にはお前は死んだものとする。二度とグロリアス家に関わるな!」
15歳の鑑定の儀とやらのあと、僕──ヴィオーラ=グロリアスは父上から勘当された。
蔑むような眼で僕を見る父ラウレンスと、その隣でそっくりな表情をしている弟マティアス。
追い出された門の外から彼らを見ながら、僕は15年ほど前のことを思い出していた。
◇
覚えている中で最も古い記憶は、真っ白な空間に浮かぶ半透明のディスプレイを眺めているというものだ。
その空間にはいくつもの人影があったが、その全ては輪郭が不明瞭で茫洋としており、表情すらもわからなかった。これは自分自身を見下ろしてみても同じだった。
これが最も古い記憶であるから、元々自分がどういう人間であったのかもわからない。容姿や性格はおろか、性別すらもだ。
ぼうっとそのまま半透明のディスプレイを眺めていると、感情のこもっていない無機質な声が聞こえてきた。
『転生後のキャラクターを選択してください』
「転生……? キャラクター……? ちょっと言ってる意味がわからないな。僕は……、あれ? 僕は何をしていたんだっけ。ていうかそもそも僕って誰だ……?」
『あなたは死亡し、魂のみがここ転生センターに送られました。転生センターとは死亡した魂を来世へ転生させるための施設です。ここでは生前の行動に応じて付与されたポイントを使用し、来世をどのような形で始めるかを選択することができます』
「……あー。死んだのか。僕は。それで、何も思い出せないのは……生前のエピソード記憶とかそういうものは全て消去されているから、とかかな」
『おっしゃる通りです』
転生するにあたり、エピソード記憶のようなパーソナルに紐付けられた情報は必要ないから消されているのだろう。あるいは、不必要どころか邪魔になるからか。
そう考えても、ひどいとか惜しいとか、そういう感情は全く湧いてこない。いや記憶がないのだから何が惜しいのかすらわからないし、死者の記憶を消すことが果たして非道な行いに該当するのかも判断できないからだろうけど。
ていうか、自然と『僕』という一人称が出てきたな。もしかしたら自分の前世は男性だったのだろうか。それすら覚えていない。
いや待て。自分を指して『男性』という表現は一般的な男性はあまりしない気がする。普通の男性なら自分のことは『男』と言うだろう。となると、僕は一人称が『僕』の女性であった可能性も出てきた。これはワクワクするな。
いやいや、一般的な女性は僕っ子にワクワクはしないだろう。やはり男性か。
いやいやいや、そうとは限らない。今は多様性の時代だ……ったと思う。そんな気がする。ならば僕っ子にワクワクする女性がいたことも否定しきれない。
「まあいいや。とりあえず、自分が死んで、これから転生するってことは理解した。で、転生後のキャラクターって何? 来世をどのような形で始めるかを選択するとか言ってたけど、つまり任意のキャラクターで来世を始めることができるって意味なの?」
聞きながら、あたりを見渡してみる。
薄ぼんやりとした人影のようなものが、各々の目の前にある半透明の板をたどたどしい手つきで操作している。
僕と同じようにこの謎の声に促されて、おそらくは来世のキャラクターとやらを選んでいるのだろう。
「他の人らはもう始めているってことか。キャラクターを選ぶって言ってたけど、そもそもキャラクターって何? ゲームとかアニメとかのキャラクターのこと?」
つまりゲーム世界やアニメ世界に転生するということ、なのだろうか。
そんな馬鹿な。というのが僕の率直な感想である。
ゲームやアニメの世界とは、ゲームプランナーや原作者が作り上げた想像の世界である。実際に存在するなど有り得ないし、ましてやその世界の誰かとしてこの先生きていくなど想像もつかない。
『おおむね、おっしゃる通りです。正確に言うならば、既存の物語作品に類似した世界に生きる、類似したキャラクターということになります』
「たまたまゲームやアニメにそっくりな世界があって、そこにそっくりなキャラクターが生まれるって? そんな馬鹿な──」
言いかけて、パラレルワールドやメタバースといった用語が脳裏をかすめた。
そういったワードが出てくる創作物でよくあるのが、「この世界と似た異世界は無数に存在する」という概念だ。
世界というものは人生と同じで、いくつもの選択の結果によって構築されている。選択と言っても世界そのものが自発的にするわけではない。ここで言っているのは、例えばある惑星に生命が誕生しなかったら、とか、全く別の星系の惑星にたまたまその惑星環境にふさわしい生命が誕生したら、とか、そういうある種の確率による分岐のことだ。
世界が無数に存在するということは、その確率分岐の試行回数もまた無限にされてきたということでもある。
無限に試し続けるのだったら、そりゃいつかはアニメの世界が再現された世界も生まれるかもしれない。
ほんの僅かにでも可能性があるのなら、馬鹿な話と切って捨てるのはそれこそ馬鹿なことだ。
そして。
ひとつでもそのような世界が発生したのなら、それとそっくりな世界が複数生まれても何もおかしくはない。
「──なるほど、なるほど。キャラクターを選ぶ、とはどういうことかと思ったけれど、そういうことか。察するに、仮に同じキャラクターを選択する魂が複数あったとしても、その全てにそれぞれ独立した世界が用意されている、ということかな。そしておそらくは、これまで僕が生きていた世界もそうしたもののひとつだったのだろうね。となると……。果たして僕は、いや僕らは本当に魂ある存在なのかな。あるいは、いつかどこかで誰かに生み出された『キャラクター』の残滓に過ぎないのかもしれないね……」
『……』
謎の声からは返事がなかった。
別に期待していたわけではないのでそれはいい。仮に僕の邪推が当たっていてもいなくても、この謎の声がそれに解答を与える義務もメリットもないし。
「まあ、いいよ。僕が魂だけの存在で、ここが転生センターだというのなら、とにかく転生しないと話が進まないようだし。特に制限時間があるようには思えないけれど、それは別に無限の時間があることを保証しているわけでもないだろうしね」
周りの人影の中には、必死な様子で半透明の板を睨みつけ、何度もスライドするような動作を繰り返している者もいる。たぶん、お気に入りの作品の推しのキャラクターでも探しているのだろう。制限時間があるのならこの謎の声もそう告げるだろうし、あのように悠長にキャラクターの厳選をする余裕も生まれないはずだ。
僕も彼──かどうかは不明だが──に倣い、半透明の板を操作した。
半透明で謎に浮いているだけで、扱いとしてはタブレット端末によく似ている。
選択可能なキャラクター、と銘打たれたウィンドウの中には、無数とも言えるほどの名前が表示されていた。シークバーがすごく小さい。なるほどこれなら何度もスクロールする必要があるのも頷ける。
「ん? 選択可能な、ってどういうこと? 選択不可能なキャラクターもあるの?」
『ウィンドウの右上隅にビルドポイントという欄があります。そこに表示されている数値によって、選択可能なキャラクターが変動します。ビルドポイントは生前の功罪により決定されており、最大300ポイントまでございますが、いわゆる人間に分類されるキャラクターを選択可能なのはビルドポイント50以上をお持ちの方だけです。なおビルドポイントの平均値は100前後です』
右上を見てみると、僕の欄には250BPと表示されていた。BPはビルドポイントの略か。平均が100で人間として最低値が50だとしたらかなり多いな。
生前の功罪で決まるとか言ってるけど、一体何をしたんだ生前の僕。
で、ビルドポイントだけど。ビルド──建設とか構築かな。この場合だと、キャラクターを作成するためのポイント、ってところか。
すでに用意されているキャラクターから選択するだけなのに、一体何をビルドするというのだろう。
まあ、選んだキャラクターをこれから生み出すという意味でポイントが必要だというのならわかるのだけど。
そうするとこのキャラクターの名前がずらりと並んだウィンドウは、どちらかと言うとカタログみたいなもの、ということだろうか。
しかしこんなにたくさん名前があると、目当てのキャラクターを探すのも大変だな。
適当にひとつ名前をタップしてみると、そのキャラクターの詳細が別ウィンドウで表示された。
名前の他に、性別、生まれ、それから各種パラメータと、「剣士」、「槍士」、「盾士」の文字。
パラメータには、
筋力値──STR
敏捷値──AGI
器用値──DEX
体力値──VIT
知力値──INT
精神値──MND
の6つがあるようで、選んだキャラクターはSTRとVITが高く、それ以外のパラメータは低めに設定されているようだった。ついでに、生まれには「代々続く騎士の家系」とか書いてあった。
ステータスに剣士とか槍士は書いてあるのに、騎士はないのか。騎士の家系なのに。まあ何でもいいけど。
本当にゲームのようだ。
僕はそのキャラクターのウィンドウを閉じ、名前が並んでいたウィンドウの全体を眺めた。
するとウィンドウのタブに「検索」や「ソート」という文字を見つけた。
あるじゃん探す機能。
次の更新予定
積み上げた徳で僕は来世もフルスクラッチする 原純 @hara-jun
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