騎士さまはドラゴンをお探しのようですが今さら私ですと言い出せないタイミングで魔王が攻めてきました
天田れおぽん@初書籍発売中
第一話 私を巡って一触即発⁉
なぜ、こんなことになってしまったのでしょうか?
私の想い人である騎士アーロ・ヤンセンと、幼馴染で現在の魔王であるキュオスティが、塔の上と下で睨み合っています。
「セラフィーナは
地上にいるキュオスティが、黒いマントを翻しながら意味の分からないことを叫んでいます。
ついさっきまで忘れていた幼馴染の妻になる気なんて、私にはさらさらありません。
魔族って自分勝手に先走る傾向があります。なのでキュオスティは私が求婚を受け入れるのが当然だと思っているのかもしれませんが、そんなこと私には関係ないです。だから魔族は嫌われると思うの。
戸惑う私を隠すようにしてアーロは一歩前に出ました。私の想い人は、静かだけれど迫力のある怒りを全身から発しながらキュオスティを見下ろして叫び返します。
「魔王などに、私の愛しいセラフィーナを渡すものかっ!」
まぁ! 『私の愛しいセラフィーナ』ですって!
こんな時になんですが、私の胸は高鳴ります。
とても嬉しいです。胸がキュンキュンします。
想い人から『愛しい』なんて叫ばれてしまったら、キュンキュンして当然ですよね。
ドキドキのキュンキュンのワクワクですよね。きゃっ。
私は1人秘かに喜びを噛みしめます。ですが、自分の感情に酔っている暇はありません。
睨み合う2人は一触即発の危険な状態なのです。
今は喜びに浸っている場合ではありませんよね。
でも嬉しいですっ!
「たかが人間風情のくせに生意気なっ! 人間ごときが魔王に敵うわけがないだろうっ! さっさと去れ、愚かで脆弱な人間よ!」
キュオスティは怒りを露にしてアーロを指さすと首を斬るようなボーズをとったりして、身振り手振りも加えながら私たちに向かって叫んでいます。
魔族って簡単に感情を表に出してしまいますからね。そんなだから嫌われるのだと思うのよ。
などと呑気な感想を私が抱いていることを、アーロは気付いていません。
そもそも、キュオスティが『初恋のドラゴン』と言ったことに突っ込まなかったことを考慮に入れると、私がドラゴンであることにも気付いていないでしょう。
言いそびれていたことを勝手にサクッとバラすとか、だから魔族は嫌われ……以下略。
「私の命が散ろうとも、愛しい人を守らずに去る無様な真似はできぬっ!」
アーロが毅然と叫んでいます。
きゃー。私のことを守ってくれるのだそうです。嬉しい!
恋する乙女である私の胸はドキドキキュンキュンしますけど、冷静な部分ではアーロのことを心配しています。
彼はキュオスティに今にも飛び掛からんばかりの様子ですが、この塔は100階建てなのです。
いま私たちがいるベランダは99階にありますので、地上まではそれなりの距離があります。
人間であるアーロが飛び降りるのは無理です。
でもアーロが勢いに任せて飛び降りてしまわないか心配で、そちらの意味でもドキドキしながら私は事態を見守っています。
整い過ぎていて女性的にすら見える美貌に、それを裏切るような筋肉モリモリの逞しい体。
高い位置にある太陽から降り注ぐ光に長い金髪と青い瞳をキラキラと輝かせるアーロは、うっとりとするほど魅力的です。
対するキュオスティは、魔族軍を従えて、地面から塔の高い場所にいる私たちを見上げています。
長い黒髪に黒くて立派な二本の角、冷たい美貌に映える赤い瞳。
白すぎる肌に映える薄くて赤い唇は、自信に満ちた傲慢な怒りで歪んでいます。
私からすると、そういわれてみればあんな子がいたわね、くらいの印象しかない幼馴染なのですが。
キュオスティからすると違ったようで、本気で私を妻にするつもりのようです。
こっちの都合を一切無視するあたりが魔族らしくて笑ってしまいます。
まずは私の意思を確認すべきではないでしょうか。
健康的な騎士体型のアーロ対魔王キュオスティの戦いが今にも始まりそうな状況ですけど、私としては全面的にアーロの味方です。
けれど魔王軍を従えたキュオスティとアーロでは、勝負にならないことはわかりきっています。
アーロは普通の人間ですから、魔王と一対一でも対等に戦えるとは思えません。
ですがアーロは腰の剣に手をかけて殺気立っていますし、空と地を真っ黒に染めるほどの軍勢を従えたキュオスティにも引く様子はないのです。
このまま戦いになってしまったら、アーロはもちろん、屋敷も無事では済まないでしょう。
私の後ろでは使用人たちが不安げに震えています。
生きていれば色々なことが起きますが、このような事態は想定外です。
私はどうしたらよいのでしょうか?
あの日。崖から落っこちてきた人間を救ったときには、こんなことになるなんて思ってもみませんでした――――
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