獣と白銀
ナナカマド
序章『獣と白銀』
一つ、血が我を忘れぬ事。
一つ、森が我を恐れぬ事。
一つ、獣が我を知らぬ事。
・
金色の薄雲が、月を隠す夜。某国東端の山岳地帯、風の吹き抜ける森林にて、一人の少年が眠りこけていた。
男はその国では物珍しい煌びやかな銀髪を靡かせながら、木に背を預け、すやすやと寝息を立てている。ふと傍を見れば、布の被さった長い棒状の物体が、少年の身体に寄り掛かっていた。
もうずっと、少年はこうして眠ったままでいる。
森とは、巡るものだ。
喰らい、喰らわれ、またそれを喰らい。延々と続く生命のサイクルが、森を、そこに住む生き物の命を守り、保ち続けている。
しかしながら、近年に至ってはその限りではなかった。
人間が森に立ち入り、森を焼き払い、切り落として始めてから、その循環は絶たれれつつある。
そこにあった生命を、均衡を、外部のものがいとも容易く崩していく。
憎い。
息子も、仲間も、奴らに狩られた。
あぁ、憎い。
獣は、大木の根本で眠る銀髪の少年を睨め付ける。あたかも見せびらかすかのように殺気を放ち、一歩、また一歩と擦り寄っていく。
仇は取ろう。息子を殺され、項垂れる帰路に奴が居た事は僥倖だ。
狩りのやり方は、父に教わった。
鹿も人も、急所は分かり易い。飛び付き、噛み付き、引き千切る。
荒い棘のような毛を逆立て、喉を振動させる。もう直ぐ、奴の首に牙を立てるのだ。
今、動き出す──。
「──ッ!?」
その瞬間、ぱんっ、という破裂音と共に、視界が暗転した。竹林から月明かりが消え、森は闇に染まる。
何をされた......!? いや、何でもいい、視界が悪い中での狩りは得意ではない、とにかく下がらなければ──。
......
......
......なぜだ?
身体が、動かない──。
森とは、巡るものだ。
喰らい、喰らわれ、またそれを喰らい。延々と続く生命のサイクルが、森を、そこに住む生き物を守り、保ち続けている。
その中に入る異物は、当然、警戒されるものだ。武器としての猟銃は、明らかに森のものではない木と鉄という異物として、恐れられ、遠ざけられる。
だから、慣らした。
三ヶ月。
麓の集落から、この森に住む獣を狩る依頼が掛かってから、その少年はここにあるもので衣服を繕い、食事を摂り、木の葉の床で眠りを得た。その中で、男はその森のサイクルに加わったのだ。
だから、侮られた。
手元にある異物から、目を逸らせた。
「この森は美しい。もう少し、ここで暮らしていたかった」
一発で脳天を撃ち抜かれ、数歩先で絶命した獣の死骸を見下ろしながら。
小さく呟いて、狩人は動き出した。
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