コータローのマドンナ

 焼き鳥を食べ終わったら、


「もう一杯行くで」


 まあ、そうなるよね。てっきりスナックかと思ったら、ここってバーじゃないの。


「お触りちゃうで、オーセンティックバーや」


 それなんだと聞いたら正統派のバーってことか。


「こういうとこで飲む歳になったやろ」


 う~ん、さすがにちょっと早いのじゃないかな。もちろんバーは二十歳を越えれば誰でも入れるけど、もうちょっと年上のイメージだよ。


「背伸びしたいお年頃やねん」


 いくつになってもそんなところがあるかも。


「背伸びできんようになったら棺桶との距離近うなったと言う事やろ」


 コータローがモヒート、千草は少し迷ったけどイチゴのフルーツカクテルにして、


「カンパ~イ」


 なんかデートみたいじゃない。


「ちゃうんか」


 真顔で言うな。コータローは独身だし、藤野千草も好みじゃなかったのは聞いてる。だったらどんなのが好みかの情報も知ってるんだ。ずばり末次さんでしょ。そこでむせるなコータロー。


「そんな話をどこで聞いたんや」


 有名だったよ。というかどこに住んでたと思ってるんだよ。コータローの実家は開業医だからコータローはそれだけで有名人みたいなもの。末次さんだって、


「千草も知ってるんか」


 小学校も違うし、中学でも同級生にならなかったし、高校からも違うけど、末次さんぐらい知らない方がおかしいだろ。あの子の家はこの地方だったら大手の食品卸の会社だし、そこの御令嬢だ。


 もっとも千草と違ってホンモノの社長令嬢って感じだったのよね。小柄だったけど可愛かったし、頭も良かったからコータローと同じ明文館に行ってるぐらい。大人しかったけど上品だし、ピアノだって上手だったじゃない。


「千草かって楽器は弾けるやんか」


 ピアノなんて習ってないよ。リコーダーぐらいならなんとか吹けるかもしれないけど、あんなもの楽器が弾けるって言えるものじゃない、


「口三味線はプロも顔負けや」


 殴ったろか。


「社交家やん。誰でもあれだけ仲良く出来るんは才能や」


 そうでもないって。そんな事はともかく末次さんだ。


「まだやるんか」


 やるに決まってるでしょ。末次さんも有名人だから、有名人同士の高校生が肩を並べて毎日一緒に帰ったりしたら、噂にならない方が不思議でしょうが。でさぁ、でさぁ、どこまで行ってたの?


「家までや」


 えっ、これは知らなかった。家に上がり込んで彼女の部屋まで入り込んでたなんて。都会ではあるらしいけど、あの頃の地元では聞いた事がなかったもの。そんな世界をコータローがやってたとは隅に置けないな。


 それにさ、そこまでの関係になっていたら向こうの親だって公認になってるじゃない。あの末次さん相手にそこまで関係が進んでたなんて、


「ちゃうちゃう、家なんか入れるか。あれは駅から家までだけや。それも家の手前の信号のとこまでや」


 はぁ、駅からって五分もないじゃないの。そうじゃないよね。学校でもイチャイチャして、そこから電車で家までに決まってる。


「勝手に決めるな。学校ではノータッチどころか話もしてへん。帰る時かって電車を降りて改札を出てからや」


 それって本当に五分だけじゃない。わかった、それとは別にデートを、


「あるかい、そんなもん」


 手ぐらいは繋いだでしょ。


「体育祭のフォークダンスの時にはな」


 あのね、それを言えば千草とだって繋いでるじゃない。それのどこが付き合ってると言うのよ。


「だから千草が噂でも聞いてたんにビックリしたんやんか。オレが好きやったんは認めるけど、天地神明にかけてなんもあらへんかった」


 そんなものに天地神明をかけられても困るけど、


「末次さんの名誉のためや」


 中坊以下だよ。


「ぶっちゃけ、こっちは初恋やってんけど、最後まであっちは気が無かったってことや」


 そりゃそうなんだけど、末次さんもオクテだったのかな。というかさ、あの末次さんに男の噂があるだけでビックリしたのは白状しておく。


「オクテかどうかはわからん。だってやで、結婚は早かったやんか」


 そうなのよね。結婚が早いからってオクテじゃないわけじゃないけど、


「相手は上司のエリートで、東京で暮らしてるそうや」


 それも聞いてる。あれかな、オクテだからこそ初めの恋愛に夢中になって結婚したのはあるかもしれないな。でさぁ、でさぁ、それ聞いてどう思った。


「そんなもん聞くんか。初恋の相手のマドンナやぞ。ショックに決まってるやろ」


 そりゃそうか。初恋って実らないってものって良く言うものね。やっぱり未練とかあるの。


「無い言うたらウソになってまうけど、さすがに歳月が流れ過ぎたわ。もうどうしようもないってあきらめてる。さすがに既婚者にどうこうする気はあらへんからな」


 そんなもの手なんか出したら不倫だ。でもさ、末次さんもどこかで気があったとは思うよ。そうじゃなければ、いくら五分でも肩を並べて帰らないはずだよ。だって、そんな事をすれば、


「千草の耳まで尾鰭の付いた噂が届くもんな」


 まあそうだ。それぐらいは末次さんだって知ってたはずだもの。本当に嫌だったらお断りするとか、逃げてたはずだ。ひょっとしたら、コータローの次のアクションを待ってたのじゃない。


「あっちから見たらやっぱりガキにしか見えんかってんやろ」


 それはあったかも。中学だって、高校だって同級生ラブはある。けど男ってまだまだガキだったのはあったものね。女だって今から思えばネンネだけど、男ならなおさらかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る