千草の事情

「千草も大変やったらしいな」


 まあね。


「お嬢様業やからしゃ~ないんやけど」


 あははは。お嬢様か。これは間違いじゃない。千草はこれでも社長令嬢なんだよね。


「なに言うてるんや地元やったら指折りの大企業や」


 地元だったらね。小さい時にコータローと良く遊んでいたのは本当だ。それもいつもコータローの家に遊びに行ってたはず。


「そういうたら、千草の家で遊んだことなんかなかったんちゃうか」


 これはもっと大きくなってから全貌を知ったようなものだけど、あの頃の千草の家の中は揉めてたんだ。単純には夫婦仲が良くなくて、その空気に耐えられなかったからコータローの家に逃げ込み入り浸り状態になってたのよ。


「お昼もよう食べとったもんな」


 醒めきった夫婦仲が破綻したのはコータローが引っ越していなくなってからだ。なんか生母が浮気もしてたとかで大騒ぎの末の離婚で、親権は父親が持ったのは結果でわかる。


「後妻さんを取ってんやてな」


 千草からは継母だ。世にいう継子イジメこそなかったけど継母は弟を産んだんだよな。後妻でも夫婦だから子どもが出来たって不思議ではないのだけど、あの頃から家の中の空気が段々と微妙になっていったな。


「それって、あれか」


 継母はそうだったと思う。会社の後継者争いってやつ。もっとも修羅場にはならなかったかな。というのも千草は経営者に興味がなかったんだ。それ以前に頭も良くなかったしね。だから新設の東高だもの。


 あそこから進学できたのはそれこそ社長令嬢の家の見栄だ。高卒じゃ格好が付かないぐらいで良いはずだ。だから大学に進学はしたけど、やっぱり頭の悪さはどうしようもなく、四大じゃなくて短大だものね。


「千草の入った短大って、たしか・・・」


 そうだよ。あの頃だってどこも短大は人気が落ちていて、受験者が定員に足りないところが話題に出てたぐらい。千草の短大も受験したら入れる程度だったし、今は吸収合併されて共学の四大になってるよ。


「コネやったんか」


 あれは自力だよ。もっともその程度の学歴だから、やっと就職できたのはこれでもかのブラックだった。それでも三年頑張ったんだ。だけど最後は精神もおかしくなってきて退職したけどね。


 尻尾を巻くように実家に戻ったのだけど、そこで持ち出されたのは見合い話だった。まだ早いとも思ったけど、退職したからこの際みたいな流れだったかな。


「やっぱり政略結婚ってやつか」


 どうだろう。それは無いとは言わないよ。だってさ、お見合いって釣り合いが重視されるじゃない。千草の実家の会社との釣り合いになれば、多かれ少なかれそういう面は出て来るじゃない。


「そうなるやろな」


 父親の本音なんてわからないけど、千草のお見合いが上手く行ったら、相手の会社との関係は深くなるぐらいの思惑はあったかもしれないぐらい。


「やっぱり、『趣味は?』なんてやったんか」


 やったよ。あれも実際にお見合いをやらないとわからないと思うけど、それこそ初対面じゃない。なんにも共通の話題なんて無いのよね。それにさ、とにかくお見合いだから無難な切り出しにしたいじゃないの。だからああなると思うよ。


「ワクワクしたんか」


 う~ん、なんか不思議な感覚だったかな。お見合いに近い女と男の出会いに合コンとか、友だちの紹介ってあるじゃない。でもさ、お見合いってだいぶ違うのよね。もちろんお見合いって言ってもピンキリだろうけど、


「千草のは重そうだな」


 どうしてもね。合コンとか紹介なら、相手ってまだ恋人候補なんだよね。そこで恋人候補にしても良いと思ったら連絡先の交換をして二人のデートにステップアップするぐらいでしょ。


「そやな。そこで気に入ったら告白して恋人状態になり、関係を深めて行くよな」


 関係が行くとこまで行って結婚を意識するぐらいだと思うのよね。この辺の遅い速いはカップルで様々だろうけど、お見合いってさ、初顔合わせなのにいきなり結婚相手の候補なんだよね。だってさ、交際を受け入れたりしたら、


「結婚式に一直線になってまう」


 そこまでシンプルじゃないかもしれないけど、お見合いとなると常に結婚が目の前にぶら下がってる感じがしてた。だってさ、初対面の目の前の男と結婚するかしないか迫られているようなものじゃない。


「どやったん」


 さすがに釣り合いは十分だったよ。学歴も申し分なかったし、仕事だってそれなりのエリートって感じかな。顔やスタイルだってそれなりだけど合格点にして良いと思う。あの時は、こうやって結婚するんだって思ったぐらい。


「というか、そのお見合いって、そもそも断れるもんやったんか」


 断れたはずだよ。というか断られた。お見合いだってそれ一回じゃなくて三回やったんだ。でも全部断られた。


「千草をか!」


 ありがと。わかってるよ。千草は美人じゃない。はっきり言わなくてもブサイクだ。スタイルだって宜しくない。もう三十年以上付き合ってるからわかってるよ。でもさぁ、さすがに三回連続はショックだったし現実を見せられたかな。


 それとこの三連敗の影響は大きかったんだよ。コータローならわかるでしょ。見合いで立て続けに三回も速攻で断られた、救いようのないブスって話が広がっちゃたんだよ。そういう田舎だもの。


「そういうとこはあるけど千草やんか」


 親父は見合い相手をそれからも探したみたいだけど、あれだろうな、話を持ち出すだけで相手に逃げられたのだと思うよ。だから親父のコネで神戸の会社に就職したんだよ。


「千草の会社やったらあかんかったんか」


 継母の眼が嫌だったかな。あの見合いの裏には継母もいたはずだ。だってお見合いで結婚すれば千草を無難に家から追い出せるじゃない。この辺は、それで良いと千草も思っていたから呉越同舟だったかも。


 でもさ、お見合いが上手く行かず、親父の会社なんかに就職したら、また話がややこしくなるのよね。だって千草は先妻とはいえ長女だ。そんなのが出戻りでも実家の会社に戻れば、後妻の弟との関係を色眼鏡で見るのは出来るのが世の中じゃない。


「後継者争いってやつか」


 どうしたってね。その辺の微妙な感情はさておき、やっぱり実家はどこか居心地が悪かったのはある。親父もきっとそうだから、コネを使って就職先を紹介してくれたはずだよ。だからコータローもそんな顔をしないって。


 継母とはそこまで悪い関係じゃなかったし、弟が実の姉妹でも会社は継ぐ気はなかったんだから。そこに継子と継母、さらに異母弟がいたからどこか微妙な家族関係になっただけの話だもの。今は落ち着いてるよ。

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