カントリーロード

 コンビニを出て東側に走って行ったら中国道を右手に見ながら見慣れた道に出てきた。この辺は東条湖に向かう道だけど随分変わってるのよね。一番変わってるのが、


「全部加東市になってもて逆にややこしいわ」


 市町村合併ってやつだけど同意だ。行政側の都合はあるのだろうけど、道路案内で加東って書いてあっても、どこの加東に向かってるかわかんないもの。


「社の方のはずやねんけど、あてにならんもんな」


 そんな感じ。道は右手に中国道を見ながら直進してたけど、やがて中国道を潜りちょっとした丘越え。下りてきたところが渡瀬だ。


「コンビニのとこの信号を右やで」


 こっちは三木に向かう県道だ。そしたらしばらくして、


「あそこに歯って書いてある看板が見えるやろ。あそこを左や」


 歯医者さんみたいだけど、あんなところに入るのか。曲がって見るとセンターラインがないぞ。山の方に向かっていくけどだいじょうぶなのかな。谷間の田んぼの中の道を走って行くと、


「あそこのとこを右に行くで」


 えっ、直進じゃないの。ここはコータローを信じて入ったけど、ますます道が細くなってるじゃない。それにしてもこんな奥まで田んぼが広がってるんだ。なんか蔵もある立派な家の横を通り過ぎる頃に、


「家の角を右や」


 はぁ、こんなところを走れって言うの。そりゃ、モンキーだから走れるけど、前からクルマが来たら嫌だよ。さらに道は谷間から山道になっていくのだけど路面も荒れて来たぞ。それでも左手に見えるのはゴルフ場だ。こんなところにまで作っているのか。


「クルマが停まってるところの手前を左やで」


 両側がフェンスの道だし、なんだよこの路面。舗装が剥げてるところもあってガタガタじゃない。これぐらいは走れるけど、なんちゅうところをコータローは走らすんだよ。この道って、


「わからんけど、もともとあったんちゃうかな」


 そんな気がする。なんかゴルフ場の敷地を通ってる気がするもの。こんなところをゴルフ客が通るはずもないよ。だってそれならそれで、歯医者さんのところから案内看板を出すはずだ。ゴルフ場を作る時に無理からに残した気がするもの。


 そんな道を走って行くとなんかゴルフ場の入口みたいなところがあって急に道が良くなったぞ。なるほど、このゴルフ場へは南側から入るのか。現金なものだけど、ちゃんと舗装がしてある。突き当りに出て右が三木で左が吉川ICとなってるけどどっちだ。


「右に行くで」


 ここはどの辺りなんだろ。ここからはちゃんとセンターラインがあるから走りやすくなったけど、道は林の中から里に下ってる感じで良さそうだ、民家も見えてきて田んぼも広がってきた。


「左の方に学校みたいなんが見えるやろ。あそこを左に曲がるで」


 えっ、ここを曲がるの。これもV字じゃない。よっこらっしょと曲がって、田んぼの中の田舎道を走って行くと山陽道を潜り、橋を渡って突き当りだ。


「ここを左や」


 えっ、えっ、ここって淡河じゃないの。こんなところに出て来るんだ。


「昼飯にするから淡河本陣に行くで」


 もうお昼だものね。ここで淡河本陣とはコータローも考えてるぞ。バイクを停めて店に入って、


「おもろかったやろ」


 歯医者さんのところから入った道は、あれでもし行き止まりなんかになったりしたら百叩きの刑だったよ。それでも道としてはおもしろかった。プチだけどアドベンチャーツーリング気分かな。オフロードの趣味はないけどあれぐらいならツーリングの薬味ぐらいだ。


 それと全体としては野越え、山越のカントリーロードの気分になれた。初めての道だからどこに行くのかわからないのだけど、そういうワクワク感も楽しめた。なんかさ、未知の世界に踏み込んでいく感じがしたもの。


 歌ならカントリーロードかな。それも日本語版でこの道をずっと行けば、あの街につづいてるぐらい。とくに街には出なかったけどね。あれこそ裏道で、ああいう道を探し出すのがツーリングの醍醐味だ。


 とくに歯医者さんのところから淡河に抜ける道は昔の街道の雰囲気もあった気がする。舗装こそしてあったけどかなり荒れてたし、あの道幅なんかそうじゃないのかな。


「江戸時代の街道やったら二間ぐらいのとこが多いはずやから、そうかもしれん」


 あのね、二間ってなんなのよ。それじゃわからないじゃないの。


「一間は六尺で百八十センチぐらいや。畳の長い方ぐらいやで」


 そうなると二間で三メートル六十センチか。広いような狭いような。


「一般道の一車線が三メートル、高速みたいな高規格道路で三・五メートルやねん」


 ゴルフ場の間の道なんか二間ぐらいじゃなかったのかな。だって軽自動車同士でもすれ違えそうに思えなかったもの。それにしてもよくあんな道知ってるな。


「チャレンジ精神の賜物や」


 そうじゃなかったら走ろうなんて思わないはずだ。それにしてもコータローも変わったものだ。同窓会の時に声をかけてくれたのだけど、


「あのな、誰かわからんかったら先に言えよな」


 悪かったと思ってるよ。コータローは千草とわかって話かけてくれてるんだけど、千草は誰だかわからなかっただよ。


「そのための名札やろが」


 それも見たけどピンと来なかったんだって。と言うか顔と名前が一致しなさ過ぎてコータローじゃないって思い込んじゃったんだ。


「その前にオレの存在を忘れとったやろ」


 むむむ、実はそうだった。それぐらいクラスメイトではあったけど縁が薄かったもの。


「それにしても千草が独身なんは意外やった」


 それを言うならコータローもでしょうが、お医者さんなんだから看護師とか選び放題じゃない。


「趣味や無かった」


 どんな趣味なんだよ。看護師と言えば白衣の天使で男の憧れの一つじゃない。


「これでも中の人や」


 そっちか。看護師と言うだけで舞い上がらないし、よく知らないけど悪い面とかも知ってるのかも。


「それはそうと、同じ千草でも藤野の千草さんの話はビックリした」


 千草もだ。藤野千草もご近所さんなんだ。だから小学校から中学まで同じだった。同学年で名前が同じ千草だったけど、とにかく美人でお淑やかで、千草なんて名前の呼び捨てだったけど、藤野千草なんて女同士でも、


『千草さん』


 こう呼ばれるぐらい。高校でもモテたはず。コータローなら知ってるよね。


「まあな。一年から三年まで同じクラスやったからな」


 そうだったんだ。コータローも藤野千草が好きだっただろ。


「学年でもナンバーワンの声があったけど趣味やなかった」


 どんな趣味してるんだよ。まさかのホモだとか。


「心配せんでもノーマルや」


 別に心配してないけどね。最後に会ったのが成人式の時だけど、あの時もコータローは、


「ああそうやった。成り行きやってんけど・・・」


 会場がどういう理由か知らないけど今のネスタリゾートなんかでやらかしたものだから、成人式後の二次会の移動が大変だったんだよね。だって女子は振袖だもの。だからクルマで来てる男子のクルマに同乗しての移動になったのだけど、コータローが乗せて行ったのか。


「いっぱい付いて来よった」


 そりゃ、行くだろ。二十人ぐらいで覧歩留に行ったのか。あの時に気づいた?


「気づかんかったけど、なんでドレスの違和感だけはあったな」


 成人式に振袖は規則じゃないし、藤野千草以外にもドレスはいたはずだけど、逆に浮いてた感じもあったもの。


「後から聞いてドレスやった理由は納得したけど、ドレスになった理由は意外なんてもんやなかった」


 高校の時にイメージ変わってたの?


「中学の時は知らんけど、優等生で、上品で、大人しくて物静かでお淑やかやったで」


 そのまんまか。それなのに大学に入ってすぐに恋に落ちてるんだ。それはそれで何の問題もないのだけど、


「あん時に妊娠中とは夢にも思わんかった」


 そうなのよ。さらにそのまま出来ちゃったで学生結婚なんだよね。


「なんで避妊せんかってんやろ」


 そこはわかんない。さすがに子どもが欲しかったではないと思うから失敗したんじゃないかな。


「そうやろな。オギノ式を盲信したか、コンドームが破れたとか」


 妊娠したのは成人式の何か月か前になるはずだ。そうなると、えっ、藤野千草の誕生日は十一月だよ。だったらまだ十九歳の時に妊娠してるじゃない。いくら相手が好きでも大学二年で妊娠したいなんて思うものか。


「ほいでも堕ろさんかってんやろ」


 堕ろすとなると女にとっては難しい問題になってくるけど、あの歳であの時期ならそっちはあるよね。


「あの藤野の千草さんが、二十歳で出来ちゃったの学生結婚騒動をやらかすのは意外なんてもんやなかったわ」


 そうなるよね。社会人の出来ちゃった婚とは違うもの。学生結婚と言っても、まだ生活は自立できていないからすべて親がかりになるしかないじゃない。そんな結婚がすんなり祝福されてになるとは思えないもの。それなりにもめたはずだよね。


「人生色々やな。あの後はなんか知ってるか」


 嫁ぎ先は久留米だけは聞いたけど、離婚はしてないはず。


「終わりよければすべて良しやねんけどな」


 そうなってて欲しいな。

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