前章

expectation

ハイエンド


 シックな内装で落ち着いた雰囲気の、モノトーンの床材が使われた広いエントランス。



 全体的に丸みを帯びてて形がオシャレ感満載の、ロビーに置いてあるいくつかのソファ。



 デカいボールみたいにまるい形をしてる、フロントのカウンターの花瓶に挿された真っ赤な薔薇の花束。



 吹き抜けのバカ高い天井にぶら下がってる、数えきれないほどのクリスタルが付いた、見た事もない大きさのシャンデリア。



 酷く場違いな気分だった。



 ハイエンドな雰囲気に気圧けおされて、本当に学校の制服こんな格好で来てよかったのか心配になってくる。



 そういう場所だからこそ学生の正装である制服を着てこなきゃダメなんだって感じの事を言われたけど、それを言ったのが一般常識なんてものを持ち合わせてない兄貴だから半信半疑ではある。



 でもまあ、兄貴が忘れた封筒を届けに来ただけだし、最悪「当ホテルには見合わない不適切な格好だから」なんて感じの事を言われて追い出されそうになったら、封筒をフロントに預ければいいだけだし。



 むしろ部屋まで封筒を届けるのが面倒だから、いっそ追い出して欲しいくらい。



 でも思惑通りにはならなかった。



 あたしは誰に止められる事もなくエントランスを通って、奥にあるエレベーター前に辿り着いた。



 エレベーターは四基もあった。



 上階に行く為の呼びボタンを押すと、ちょうど一階に停まってたエレベーターの扉が開いた。



 入ったエレベーターの中もオシャレな空間だった。



 モノトーンカラーの床や壁と、鏡張りの天井。



 同時に何人運ぼうと思ってるんだろうって疑問に思うくらい広いそこは、今まで嗅いだ事がない甘いイイ香りがする。



 お陰で場違いな気分が増した。



 一等地と呼ばれる場所に建つ、ハイエンドな高層ホテルの客室は全て高層階だった。



 エレベーターの扉を閉めて、ずらりと並ぶ階数ボタンの「三十五」を押すと、エレベーターが動き始めた。



 三十五階まで行くんだから時間がかかると思ってた。



 だけど実際には然程時間は掛からなかった。



 本当に動いてるのかどうか分からないくらい、重力だか引力だかを何も感じない、モーター音すら聞こえないエレベーターは、どんな速さで動いてたんだって言いたくなるくらいの短い時間で三十五階に着いた。



 チンッ——と、軽快な音が鳴ってエレベーターの扉が開く。



 エレベーターを降りた途端、もう一回エレベーターに乗って一階に引き返したいと思うくらい気後れしてしまった。



 誰ひとりいない、エレベーターと同じモノトーンカラーで統一されてる広くて長い廊下は、客室前に設置されてある間接照明でしか照らされてなくて薄暗い。



 確かにオシャレで高級な雰囲気はあるけど、庶民以下のあたしからするとホラー映画に出てきそうな廊下だと思ってしまった。



 そんな風に思ってしまったのは、薄暗さもさる事ながら、宿泊客はいるはずなのに、廊下がとっても静かだったからってのもある。



 多分そういうものなんだと思う。



 こういうホテルで廊下が騒がしいなんて有り得ないだろうし、時間的に夜ご飯を食べに行ってるとか、ホテルのバーでお酒飲んでるとか、外出先から戻ってないとかで、客室にいる人も少ないんだと思う。



 ただそうだとしても、この雰囲気はどうしたって落ち着かない。



 ここに来る前にスマホに送られてきた兄貴からのメッセージに書いてある部屋番号を確認して、足早にその部屋に向かった。



 何かに追われてる気分になったのは、ホラー映画に出てきそうな廊下だと感じたからかもしれない。



 とにかく早く兄貴がいる部屋に行って、封筒を渡して帰りたかった。



 むしろこんな落ち着かない場所に、忘れ物をしたから届けてくれって言ってきた兄貴に腹が立ちさえした。



 長い廊下を、気持ち的にはかなり歩いて兄貴がいる部屋の前まで行って、ドアの横の壁に付いてたドアベルを押した。



 返事はなかった。



 聞こえなかっただけかもしれない。



 とにかく兄貴が出てきたら、すぐに封筒を渡して帰ろうと、封筒を入れてある鞄に目を向け、鞄の中に手を突っ込んだ。



 ちょうどそのタイミングでドアが開いた。



 だから鞄に向けてた視線を上げ——。



—―は?


 

 なんて声は出なかった。



 思っただけで口からは出ていかなかった。



 開いたドアの向こう側には、どこからどう見たって兄貴ではない男がいる。



 長身で、ドピンクな髪色をした、全身黒ずくめの服装をしてる、美麗な男が立ってる。



 ポカンとしてしまった。



 数秒固まった。


 

 それからようやくハッとして。



—―ヤバい部屋間違えた!


 

 そう思ったのは、ほんの束の間。



 目の前の、ドピンクで、黒ずくめで、美麗な男が口を開くまで。



「確かに高校生ってが、そりゃマジもんの制服か? それとも衣装コスプレか?」


 その、女みたいな綺麗な顔には似合わないと感じる、男の聞き取りやすい低い声が、あたしに向かって発せられた。

 


 もう「は?」とは思わなかった。



 男が言ってる言葉の意味や状況が分からないって事もなかった。



 頭に浮かんだ言葉はひとつ。



—―

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Knight in the Dark ユウ @wildbeast_yuu

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