第67話 ラグン・ラグロクト少年とマイちゃん①

 

 頭の後ろに柔らかいものがあり、枕かなと思いその形を手でなぞると妙に歪で、ラグン・ラグロクト少年は身体を起こすとその物体を見つめた。


 ぬいぐるみだった。仰向け状態の人の形を模したぬいぐるみ。


 しかもどうやら生命らしきものがあるようで、ぬいぐるみは随分とゆっくりとした動作で立ち上がると、「えへへ」と先ず笑った。



 ◇◇◇



 マイちゃん。


 その見た目は、人の姿を模したぬいぐるみ。頭身は3〜4くらい。顔が大きめ、手足は短め。おかっぱ頭でそのてっぺんには大きなリボンがくっついている。着衣の必要性は分からないが花柄のワンピース(ハウとお揃い)を着ている。声の調子からは純粋無垢な少女が連想でき、それも含めて可愛らしい第一印象をしていた。


 故にラグン少年は思った。これまでの経緯(目覚めたらたぶん幽閉されていて、扉から外に出た瞬間に気を失った)から推測をすると、この存在 (マイちゃん)が自分を待ち構えていたのは間違いなく、だとするならば重要な役目をもった存在であるのは想像に難しくはなく、それが自分にとってのプラスなのかマイナス(恐らくは後者が濃厚だとは思っているが)かは今すぐには判断が出来ないが、何にせよ、それも含めてこういった存在はもっと分かりやすい方が端的にありがたいと。


 可愛らしいぬいぐるみ。敵意の有無が極めて謎。


 故に自分にとって何を与えてくるのか存在なのかがまるで分からなかった。



 ◇◇◇



 マイちゃんは何も知らない。だからマイちゃんはラグンを見つめたまま、取り敢えず「マイちゃんだよ。えへへ。オラの名前はマイちゃんだよ」と繰り返した。


 正直、内心では困っていた。ミヨクに行動を共にしてくれ。と任務を与えられはのは良いのだが、どうにも相手 (ラグン)から仲良くなってくれそうな雰囲気が感じられないのだから。


 ずっと難しい顔をしている。


 困った。実にマイちゃんは凄く困った。これまでの人生ではハキハキとした自己紹介と笑顔を向ければ大抵の人間たちから、可愛いね。可愛いね。と物凄く好感触をいただけたのに、今回の相手 (ラグン)にはそれが通用しない。


 可愛いって言って欲しいな。そうしたらオラのテンション上がるのに。テンションが上がったらもっと上手に話ができるのに……。怒っているのかな? それとも悩んでいるのかな? それともこういう顔なのかな?


 マイちゃんは人の心を読むというのがまだまだ苦手であった。


 故に、ミヨクの事を思い出す。一番長く接している人間の事を。


 そしてマイちゃんは、ミヨクが過去に何度かこういう顔をしていた時の事を思い出した。


 そういえばミョクちゃんにもあったなこんな顔をしていた時が。確かあれは夕飯の準備をしている時で、チョベット(調味料)を買い忘れて、これじゃあ美味しいチャーハンが作れないよ、どうしよう……町までは1時間は歩くし……でもチョベットがないと……味がワンランク下がるんだよね……。って時だったよね。


 なのでマイちゃんはラグン少年にこう質問をした。


「チョベット?」


「……!?」


 ラグン少年は聞き覚えのない言葉に思わずビクっと肩を震わせた。


 それをマイちゃんは手応えありと勘違いした。


「チョベット! チョベット! チョベット!」


 マイちゃん謎の連呼、開始。



 ◇◇◇



「チョベット! チョベット! チョベット!」


 目の前のぬいぐるみが突然壊れ出した。それはそれで物凄く悍ましい事件なのだが、ラグン少年は少考の後にこれは魔法の詠唱なのではと推測をした。もしくはこれ自体が既に魔法で、徐々に毒に蝕まれていくような、呪いのようなものかもと。


 やはり罰があるのか、と。


「チョベット! チョベット! チョベット!」


 そうでなければこんな得体の知れないぬいぐるみに謎の言葉を連呼される覚えがない。


「チョベット! チョベット! チョベット!」


 だがラグン少年に抵抗する気はなかった。それはあの独特な雰囲気をもつ幽閉の地を歩いている時から考えていた事であったから。


 死を求められるのならば、素直に従おう。と。


 やはり、ボクは……ラグン・ラグロクトは生きていてはいけない重罪人なんだう……。



 ◇◇◇



「チョベット! チョベット! チョベット!」


 マイちゃんには、疲れるとか声が枯れるといった体力の消耗というものが実は無かった。故にこの連呼は止まない雨のようであり、かなり狂気じみていた。


「チョベット! チョベット! チョベット!」


 正座をして下方に視線を落として観念しているラグン少年はもしかしたら既に精神をやられているのかも知れなかった。


 そして、このままでは本当に死がやってくるのではないかと思われたその時──「チョベット! チョベット チョチョッ!?」とマイちゃんが言葉を噛んだ。そしてそれにより狂気はあっさりと終幕を迎えた。マイちゃんの照れ笑いと共に。


「えへへ。オラ、噛んだね。噛んじゃったね今。舌とかそういうのはないけど、なんか口(絵)が上手く回らなかったんだよ。って事は、やったよ! またちょっと人間に近づいたんだよ! えへへ。きっとゼンちゃん悔しがるね。えへへ。オラ、言葉を噛んだよ、ゼンちゃん!」


 なんとも嬉しそうなマイちゃん。ラグン少年は当然なにがなんだか分からないという表情をしていたが、マイちゃんの純粋無垢な嬉しそうな表情に思わず気が緩み、眉間に刻まれていた皺がほぐれ、気付けば口角が微笑みの形を作っていた。


「あっ、笑った。えへへ。面白かった? やっぱりチョベットだったんだね。あれ? オラなんでチョベットって言っていたんだっけ? なんかいっぱい言い過ぎて分かんなくなっちゃった。でも、いいんだよ。ようやく笑ってくれて、オラ嬉しいよ。友達になったって事でいいよね!」


 笑顔は友達の証。そこに是非はない(マイちゃん談)。


「オラの名前はマイちゃんだよ。あなたのお名前は?」

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