異世界ぼっち旅〜旅好き少女は異世界を往く〜

あもる

プロローグ

 北風が吹き荒れる街外れにある小さな酒場「夕焼け亭」。


 暖炉の火がパチパチと音を立てる店内では、人々がいつものように酒を酌み交わし、賑やかな声が飛び交っていた。


 最近この街で、よく話題に上がる少女がいるらしい。

 

 なんでも彼女は、チェック柄のスカートと、長い靴下に革靴(ローファー)、それから此処らじゃ見慣れない白いシャツに上着を羽織った格好で、世界を旅してまわっているとのこと。


 綺麗な顔立ちや、漂う清潔感からどこかの国の王族じゃねえかと噂がたつこともあったらしいが、それは本人が否定したと。本当かどうかは、わからないがな。


 そんな話があちこちから聞こえてくる酒場で、ブレザー姿の少女、赤松くるみは、ピザとは違う、チーズがたっぷり乗ったパン生地を頬張っていた。


「そういやあんた、噂の少女と随分似た格好をしているねぇ」


 カウンター越しに、給仕をしている少し太った中年女性が、くるみに話しかけた。

 

 彼女はにこやかに微笑みながら、くるみの服装を興味深そうに眺めている。


「これですか? 多分私がその噂の少女ですよ」


 くるみは、口の中のパン生地を飲み込むと、堂々と正体を明かした。その言葉に、女性は目を丸くして驚いた様子を見せた。


「まぁ! 本当にあんたか。噂通りの可愛らしい子だね。それにしても、女の身でありながらよくやるわぁ。感心するよ」

「ありがとうございます。色々な場所を見てみたいんです」


 くるみは、そう言って笑顔を見せた。その屈託のない笑顔に、女性は心を打たれた。


「そうかい。旅は楽しいかい?」

「はい、とても。でも、大変なこともあります…」


 くるみは、少し顔を曇らせた。


「ん? 北の方から来たと聞いたけど、道中にそんなに大変な道はあったかいな?」

「ええ、実は… 魔物が出たんです」

「それはまあ! 大変だっただろう。まさか、あんたが倒したのかい?」

「いえ、通りすがりの冒険者さんに手伝ってもらいましたけど…」

「それでも十分すごいさあ!」


 魔物とは、魔力という不思議な力を扱う害獣のことだ。


 時には畑を荒らし、人を襲い、街に壊滅的な被害を及ぼすことだってある。


 伝説では、過去に国をも滅ぼす恐ろしい怪物が存在したらしい。


「本当に、大変だったんですよ。前に寄った町でいただいた短剣もこの通り」


 クルミは、スカートの下に隠し持っていた暗器を慣れた手つきで手に取ると、女性に見せた。


「あらあら、酷い劣化ねえ。それにこれ、隣町の特産品じゃない!」

「そうなんですよ。魔物に襲われた時に、少し壊れてしまって…」

「それにしてもあなた、レディが素足を気軽に見せるもんじゃないわよ!」


 女性が、ひらひら揺れるスカートの下に隠されたくるみの脚に釘付けになっている男らをチラッと見ながら言った。

 

「あんたも旅してんだから、そのくらいの自衛はしなさいな」

「わかりました」


 くるみは、あははと苦笑いをしながら頷くと、少し土で汚れた銀貨の山を卓上に置いて立ち上がった。


「ちょっと、そんなにいらないわ」

「でも…」


 このまま押し通すのも良くないな。

 そう思って、くるみは銀貨に手を伸ばした。


 ふと、女性の影から椅子くらいの大きさの女の子がひょこっと顔を出した。

 

 女の子は、大きな瞳をキラキラと輝かせながら、くるみを見つめている。


 それを見てくるみは、銀貨を回収する手をピタッと止めた。


「娘さんに、お洋服でも買ってやってください。また来ますね」


 女性は、そう言って去っていったくるみの後ろ姿を、娘の手を握り締めながら見送った。


 くるみの旅は、まだ始まったばかりだ。


 

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