酒場のあと、別の街。
くるみは愛馬のノーチェと共に、活気あふれる街へと足を踏み入れた。石畳の道には、様々な人々が行き交い、屋台からは美味しそうな香りが漂ってくる。くるみは、そんな賑やかな街の雰囲気を、どこか懐かしく感じた。
街の外れにある掲示板に足を運ぶと、様々な依頼が貼り出されていた。魔物の討伐、迷子の捜索、護衛…、どれもこれも、くるみの興味を引くものばかりだ。しばらく悩んだ末、くるみは「畑を荒らす魔物討伐」の依頼を選んだ。
「ええと、依頼主の家は」
くるみは掲示板に張り出されてあった依頼主の住所が書かれた紙と、目の前の光景を交互に眺めながら、整備されていない土道を歩く。
しばらく歩いていると、丘の上に小さな一軒家が見えてきた。
「すみません、依頼を見てきました」
「おお、まさか来てくれるなんて、ありがとう」
「いえいえ、ちょうど路銀に困っていたもので」
「そうか、旅のものだったか。大変だっただろう」
「まあ、趣味なので」
にこり、と無邪気な笑みを浮かべながら、くるみは初老の男性(以後おじいさん)との会話を楽しんだ。
しばらくすると、日が落ち始め、あたりはすっかり赤く染まっていた。
「そろそろですかね」
「うむ。気をつけてくれ。村の若者たちは、この魔物には勝てないんだ」
村、というには発展し過ぎている気がすると思いながら、くるみは突っ込まずに頷いた。
「必ず、狩ってきます」
「昔は、この村の周辺も、緑豊かな土地だったんだ。でも、魔物が増えてから、だんだんと荒れてしまった」
くるみは丘の上から、街を見下ろす。
塀で囲まれた街の中は、くるみが見てきた通り発展している。
しかしその外は、確かにおじいさんが言うように、荒れ果てていた。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
くるみは、いつの間にかおじいさんと、隣に立つ初老の女性に見送られながら、狩猟に向かった。
◆
街の外、森付近。
虫が奏でる大合奏は大人しくなり、代わりに不気味な鳴き声が木霊していた。
くるみはなるべく周辺の魔物を刺激しないよう、足音に注意してそろりそろりと歩く。
そろそろ、畑に向かう魔物が森から出てくるかな、くるみがそう考えていると、何者かが枝を踏む音が聞こえた。
魔物だ。
しかもかなり飢えている。
くるみは、ダガーを抜き、戦闘体制に入る。
狼のような見た目をした魔物は、真っ赤な眼を怪しく光らせながら、鋭い牙を剥き出しにしてくるみに襲いかかってきた。
くるみは、腰に下げたダガーを抜き、鋭い眼光で相手を睨んだ。
魔物の鋭い爪がくるみの頬を掠めた。
間一髪のところで身を掻い潜り、そのままダガーを、魔物の脳天に突き刺した。
瞬間、脱力したように硬直した魔物は、白目を剥いてにして倒れた。
鍛治の街スルホンの特産品、『短剣アセテート』。
北の大山脈に群生する群青の花を咲かせる植物、アセトの根をすりつぶして塗り込み、魔力でコーティングした一級品。
その効能は絶大で、刺した相手の養分を大気中に霧散させる。
しかし元々刃こぼれがひどかったこともあってか、短剣は刃先が折れて使い物にならなくなった。
くるみはスカートの下に装備していたもう一本の短剣を引き抜くと、魔物をその場で解体した。
「ノーチェ、行こう」
くるみは、近くで待機させていた愛馬、ノーチェの首筋を撫でた。
すると、ノーチェはそれに呼応するように鼻を鳴らした。
◆
翌朝、村に戻ると、夫婦はくるみの無事と魔物の討伐を喜んでくれた。
「本当にありがとう!おかげで、また安心して畑仕事ができるよ」
おじいさんの言葉に、くるみは静かに頷いた。
「いえ、どういたしまして」
村の酒場で、くるみの武勇伝は瞬く間に広まった。冒険者たちは、くるみの強さに驚き、畏敬の念を抱いた。しかし、くるみはそんな注目を浴びることに、少しばかり戸惑っていた。
「そんなことはありません。全て、今までの旅で出会った人々のおかげです」
くるみは、賞賛を受けるたびにそう返答した。
その後、くるみは酒場のワイワイした空気に疲れながらも、冒険譚を聞かせたり腕相撲大会に参加したりして過ごした。
宿に帰り、おじいさんから受け取った袋の中を見る。
そこには、溢れんばかりの銀貨と、一枚の紙が入っていた。
銀貨は土で汚れているし、紙も形がまばらで、くしゃくしゃだ。
でもそこには、街の人たちとおじいさんの、生きている証が詰まっていた。
くるみは目頭を熱くしながら、紙に書かれた文字を読み解く。
文字はこの街の文間の代筆で、銀貨はこの街で農業を営む人たちが少しずつ出し合ってくれたらしい。
この街でも、さまざまな人との交流ができた。
ぼっち旅はひとりだが、孤独ではない。
くるみは満足げな表情で横になり、眼を瞑った。
明日からの旅に希望を持って。
異世界ぼっち旅〜旅好き少女は異世界を往く〜 あもる @SiMOduki
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