【アップ】2024年6月9日主日公同礼拝/讃美歌とMynoteもあります
天川裕司
【アップ】2024年6月9日主日公同礼拝/讃美歌とMynoteもあります
【本日の礼拝メッセージ】
https://www.youtube.com/live/Y_L2TVZzTNk?app=desktop
【ブログ】
ブログを見て下さると、聖書や讃美歌の歌詞などもご覧になれます。
https://ameblo.jp/yujiteiou/entry-12856334923.html
前奏
招詞 イザヤ書40章1~4節
詩 編 歌 65 編 2節
罪の力強し、されど神は
開 会 祈祷
主 の 祈り(週報裏面)
十戒・祈祷(週報裏面)
子ども説教
子どもと親のカテキズム問 91
「イエスさまの支配」
こどもさんびか
こどもまねく[改 5(1,2 節)]
牧 会 祈祷
讃 美 歌 19番
聖書
使徒言行録19章8〜10節(新約 P251)
詩編95編1〜11節(旧約 P933)
説教
「主の言葉を聞く
〜心をかたくなにしないで」
宮武輝彦
祈祷
讃美歌 284番
みことばの交読文
ヤコブ1章 19~21 節
感謝のささげものと執り成しの祈祷
頌 栄 543番
祝 祷
報告
讃美歌~♪
讃美歌19番(歌詞付)54年版「み声きくとて」
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=4rtFLd9uqQ0
(ブログを見てくださると歌詞も閲覧できます)
讃美歌284番(歌詞付)54年版「主のとうときみ言葉は」
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=TFIWwaptF6s
1 主のとうとき みことばは
わが生命(いのち)の もといなり
たよるわれは 安けしや
世にまたなき みことばよ
2 ただ我のみ汝(な)が神ぞ
おそれず行け ためらわで
力つよき 我が腕(かいな)
なれにそいて はなれじ
3 なやみの火は燃え上がり
なげきの河 あふるとも
めぐみの手に すがりなば
つねに勝ちて あまりあらん
4 老いの坂を のぼりゆき
かしらの雪 積もるとも
変わらぬ 我が愛におり
安けくあれ 我が民よ
2024年6月9日 礼拝説教 中心聖句
このようなことが二年も続いたので、アジア州に住むものは、ユダヤ人であれギリシア人 であれ、だれもが主の言葉を聞くことになった。
使徒言行録19章10節
「あの日、荒れ野のメリバ(争い)やマサ(試み)でした(出エジプト17章、民数記27 章)ように心を頑なにしてはならない。」
詩編95編8節
はじめに
福音の前進を覚えつつ、地域教会の使命を、今一度、初心に帰って確かめたい。
1
「(さらには、)パウロは会堂に入って(来て)」とは、「内陸の地方を通ってエフェ ソに下って来て、何人かの弟子たちに」出会(でくわ)したとき、「聖霊」もしくは「洗 礼」を受けた事についてたずね、ヨハネの洗礼についてその奥義(福音の真実)を告げた 後、「皆で十二人ほど」が「主イエスの名によって洗礼を受け」「パウロが彼らの上に手を 置くと、聖霊が降り、その人たちは異言を話したり、預言をしたりした」後のこと。パウロ は、「三ヶ月以上、神の国(王国)についてこれらの事柄を自ら大胆に宣べ伝え、論じ合 い、説得した」。この「神の国(王国)」とは、「主イエスの支配」をその御業(十字架と 復活、昇天、聖霊降臨)において告げること。使徒パウロ自身、主の召命を身に帯びて、全 く自由に、「平和の福音」(エフェソ2章17節)を宣べ伝えた。「論じ合う」とは、聖書: 律法と詩編と預言者(書)に基づいて、神の救いの計画の実現を確かめ合うこと。「説得す る」とは、キリストの恵みの支配を伝えて、最後的な決心を促すこと。異邦人の多い都市、 エフェソで、ユダヤ人伝道において、パウロ自身神学的深まりを与えられたと想像される。
2
「ところが、ある者たちは、このパウロの説得を拒んだ((「信じようとはせず」は意 訳)」。彼らは、心をかたくなにし、宣べ伝えられた福音を拒み、「会衆の前でこの道をあ しざまに言った」(口語訳)。この「会衆」とは、必ずしもユダヤ人会堂にいる会衆ではな く、むしろ、「多くの人々」(公衆)。とすれば、ある者たちは、街の人々に、パウロの不 徳を煽ったと思われる。「この道」とは、本来、命の福音。しかし、聞く者によっては、た だの道理(神とモーセへの冒涜、習慣伝統の破壊と言いつつ)。かつて、神の民が、エルサ レムが、大きな苦難に陥ったとき、預言者たちによって、主の言葉が告げられながら、それ が拒絶された。真の預言者イザヤは、アッシリアの進軍を見て、「大路は嘆き、荒れ果て、 道行く者は絶える。人は契約を破り、証人を退け 人を人と思うこともない」(イザヤ33章 8節)と言った。エフェソの片隅で起こった出来事かもしれないが、事の真実は、罪の世を一 つの宗教(真理の言葉)において問うことに等しい。大国の軍隊のように、悪しき言葉は、 福音の力を侮り、嫌う。しかし、主の福音は、「わざわいではなく平安を与える計画であ り、あなたがたに将来と希望を与えるためのもの」(エレミヤ29章11節[新改訳])。
3
「パウロは彼らから離れ、弟子たちを引き離した」(「引き連れて」[口語訳]、「退 かせ」[新共同訳]は意訳(誤訳に近い?)。パウロは、ある者たちから離れ、弟子たちを 守った。拠点を移し、「ティラノという人の講堂で毎日論じていた」。ティアノが異邦人で あれば、哲学的議論や修辞学のための講義所を開いたか、ユダヤ人であれば、自分の家で、 私塾のようなものをもち、集会を開いていたか、定かではない。とにかく、「このようなこ とが二年も続いたので、アジア州に住む者は、ユダヤ人であれギリシア人であれ、だれもが 主の言葉を聞くことになった」。エフェソの教会が、急速に、伝道の勢いを周辺世界に広げ たことを見る。ちなみに、第三回公会議もエフェソで開かれた(431年)。
おわりに
「今日、あなたたちが神の声を聞くなら、神に反抗したときのように、心をかた くなにしてはならない」(ヘブライ3章15節:詩編95編)。今日主の声を聞く者たちは幸い。
(Mynote)
二〇二四年六月九日(日曜日)、今日も兄弟姉妹共に礼拝を守れる事を神様に感謝する。
(子供メッセージ)
『子供と親のカテキズム 問九一』
「『御国を来たらせたまえ』では、何を祈り求めるのですか。」
「神様の家族としての教会と私達一人一人が、御言葉と聖霊によって支配される様に祈り求めます。又、そのご支配が、福音を宣べ伝える事と愛の働きを通して広げられ、イエス様が再び来られる時に、完成される様に祈ります。」
ダニエルの時の事が引用された。ダニエルは神様に遣わされた預言者であり、先の事(この世の終わりの時の事)を時の王に悉く示した。王はそのダニエルを他の預言者と違うと見、重宝した。しかしこれを承けその他の預言者達は嫉妬して、ダニエルを何とか失脚させよう・滅ぼそうとした(『ダニエル書』全節を参照の事)。
(公同礼拝)
『使徒行伝』(第一九章八〜一〇節)
『詩篇』(第九五篇一〜一一節)
『詩篇』では、神様に遣わされた人がその世の人々(異邦人)と折りが合わず、それどころか異邦人達はその遣わされた者を試し、やはり失脚させようと試み、あわよくば無き者にしようと試みた。そして遣わされた者はその世(代)を嫌い、憤り、
「彼等は心の誤って居る民であって、私の道を知らない」
と断定し、これを受けて民はその遣わされた者の安息に入る事が出来ないとされた。
詰りは、神様に遣わされた上での信仰が、どの世にも受け入れられ難く、その上に争いが起き、この事は平行線を辿る様に現代まで変わらず、信仰を知らない人・或いは生半可に齧り自分の主義(邪教)を持つ者達はその預言者や神様に遣わされた者達、クリスチャンを迫害するものである事が証明されて居る。
『使徒行伝』のこの箇所でも、パウロが「神の国について大胆に語る」のを聞いてそこに集った人達は、或る者が心を頑なにし、信じる事はせず、また或る者はそれ以上にパウロを罵りその道(信仰の道)をあしざまにして、パウロとパウロに従う弟子達を蹂躙するほど責めて来た。これを見れば『詩篇』に在る事と同じであり、どの様な時代でも変わらず信仰の道の前、道の上には邪魔する者、立ちはだかる者、敵対する者が現れ、この事は絶対であり、キリスト教徒(クリスチャン)がそうした者達から迫害される事は定められて居る。
そこでパウロは「弟子達を引き連れて」その会堂を出て行き、自分を罵る者達から離れ、一人になった。次にツラノの会堂へ行き、そこにある講堂で同じ様に論じ、信仰の道を大胆に語り続け、論じ合った。
神様の事を知る時、信仰の道に入る時には、必ず誰でも段階を踏む。この段階とは準備の事であり、その準備を通してその人はクリスチャンとして成長させられる機会が与えられ、初めから神様から与えられた自由意志と共にその信仰の道に歩まされる上、夫々に成長させられて行く。神様の事を受け取り(聖書に記されて在る内容を受け取り)、それを始めはちんぷんかんぷんでも次第に理解して行き受け入れる様になり、その上で「言ってる事は解っても人の常識・道理に於いて信じられない・理解出来ない」となり、その理解出来ない処を教える者にぶつけて教えを乞うが、その乞う姿勢が又人間の主義・思考により支配される事があり(罪人である人の主義・思考により支配される事があり)、その罪により教える者をただ責め、そこではもう人としての自分の優位に酔う為にその事を為して居る…という事になるのは珍しくない。
パウロはどの場所でも同じ福音を伝えた。また神様から人に教えられた教義(聖書の教え)は聖書に在る通り一点に在る為、『詩篇』の時代でもこの『使徒行伝』の時代でも同じであり、これは現代でも変わらず同じである。要はキリストの真実に気付き、その真実を更に神様から教えられ、神様と人(自分)との一対一に於ける「信じるか否か」の一点に信仰は尽きるのである。そもそも信仰は「信じて仰ぐ事」に在り、聖書の内容を難問にせず、そのまま信じる事が出来るかどうか、この処が全ての人に問われる。
その上で「納得して信じる事」が大事に在り、この納得は信仰に忠実に歩む上、神様からその人に個別を以て与えられるものにある。人が自力でその納得を得る事は無い。必ずその納得の為に聖霊が働き、個別に準備の期間が与えられ、その時に解らなくてものちに解るなど、パウロがサウロの時から成長させられ、この様に伝道に遣わされる者に成ったのと同じく、必ず神様が聖霊の働きを通して成長させて下さる。
信仰の問題とは「聖書を難問にして読む事」に無く、先ず信じ、その信じる土台の上で理解と納得が深められ、その姿勢を以て神様から直接信仰の道に遣わされる様に成る。これを邪魔する者がサタンであり、信仰の道が通されようとする時、信仰の道に目覚めようとする時には必ずそのサタンが現れ、サタンにより遣わされた者達がクリスチャンやクリスチャンに成ろうとする者達の前に立ちはだかり、自分の側(神様から離れたサタンの側)に引き寄せようとする。
イエス様の時がまさにそれであり、イエス様は当時の信仰者とされて居た民衆に弾圧され、捕えられ、十字架に付けられて殺されたのだ。その後、陰府に降り、三日目に甦ったが、その事を信じる者と信じない者とに又分かれるのである(現在の様に)。
なので、キリストの道とその栄光が現されようとする時、サタンが立ちはだかるのは想定内の事にある。必ずそう成る。そしてその際に糾弾し、クリスチャンを迫害する者はなまじ信仰を齧った者である事が多く(イエス様の時の様に)、何らの権力や主義主張を持った者達の方が盲目の内・知らぬ内にサタンに遣わされ、自分が何をして居るのか解らない状況に陥る事が多い。この点に注意が必要である。
パウロは「弟子達を引き連れて…」とあるが、これは口語訳聖書にてこの様に訳されて居り、他の聖書では「弟子達を自分から引き離して…」となって居る。これはパウロがその弟子達を護った事を示し、自分と同様の迫害をそれ以上受けない様にと計らった事による。この様に迫害する者達は、迫害の対象になる者だけでなくその関係者・関連する事柄の全てを否定し、激しく迫害し蹂躙する者である事が示されて居り、その糾弾・弾圧・攻撃性が如何に鋭く、激しいものであるか、それも分かるのである。
大事は、唯一誠なる救い主、神様とイエス様をどれだけ個人として信じる事が出来、その信じる心が納得の点まで辿り着いて居るか。この事を全ての人は、他人をどうこう言う前に先ず自分に知り、自分のその時々の在り方を唯一、キリストの信仰に於いて考え、正しく在るかどうかを問わねば成らないのである。
【日本キリスト改革派 男山教会】
https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/
【最寄りの教会検索用】
https://www.rcj.gr.jp/
Table Caffe〜
榎本保郎牧師 ミニ説教19 「イエス・キリストを身近に」
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=MCyjy8BuIIw&t=21s
「あなたがたは、実によって彼らを見分けることができるのです。」
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=ATe2kE7SB2E
ハーベスト・タイム・ミニストリーズ
https://www.youtube.com/@HarvestTimeMin?app=desktop
不思議のパルプンテ
https://www.youtube.com/@%E4%B8%8D%E6%80%9D%E8%AD%B0%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%97%E3%83%B3%E3%83%86/videos
(お暇な時にぜひどうぞ)
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