ダンジョン配信唯一の視聴者は形だけの結婚相手【旦那様】なのだと私だけがまだ知らない模様です【カクヨムコン10】

ささきって平仮名で書くとかわいい

第1話 婚約破棄、そして辺境へ

 幼い頃は猫助けを趣味としていた。


 アランブール王国は国策で野良猫が多い。

 王立学園内でも、仔猫を虐める醜悪な上級生を目にする機会は決して少なくなかった。

 可哀想で見ていられない、侍女メイドのシノと私の意見は一致していた。


「……シノ、作戦があるの。付き合ってくれる?」

「勿論っす。向かう先が地獄であろうと、シノはどこまでもリリアナお嬢様について行くっすよ」


 王立学園の校舎裏。木陰に隠れながら、仔猫虐めに忙しい上級生の背中へそっと近付く。充分に距離を縮めてから駆け出す。

 私が提唱した作戦。それは――ヒット・アンド・アウェイ。

 私とシノで上級生軍団にを食らわせ隙を作り、仔猫を助け出し逃走。


 まんまと成功した。

 成功体験に気をよくした私とシノはその後も、似たような光景で殴撃と逃走を繰り返した。


 そんな経緯もあり、王立学園内では妙な二つ名にて呼ばれることも多くあった。

 一撃離脱の銀髪令嬢――と。


 *


 私がティエリ王子と出会ったのは、猫助けの趣味が契機だった。

 しかしその際、助けたのは猫ではなかった。ティエリ王子だったのだ。


 校舎裏に住まう野良猫たちへ餌を食べさせている最中、野太い男性の叫び声が聞こえた。


「お前さえいなけりゃ! 俺が次の国王だったってのに――!」


 何があったのかと、声の聞こえる場所へ近寄り目撃したものは。

 ガタイの良い青年に、一方的に殴打されている金髪マッシュヘアの少年――ティエリ王子だった。


「やば! このままじゃ憩いの校舎裏が殺人現場っすよ!?」

「何とかしないと……! そうだわシノ、あの木に登れば背後を取れるんじゃないかしら?」


 猫を助けた経験は数多くあれど、人間を助けるのは初めてだ。それでもやるしかない。

 シノと協力し、加害者の男を背後から押して転ばせ、ティエリ王子を連れ逃げ出す。


 ――誤算だったのは、ティエリ王子の足の遅さだ。


 起き上がった加害者の男に、簡単に追いつかれた。

 猫であれば抱き上げて逃げ出せる。けれど、人間とあってはそうもいかない。


 万事休すか。それなら、せめて悪あがきだけでも。


「――ッ、えいやっ!」

「うっひゃあ! リリアナお嬢様、フォーム完璧っす!」


 振り向きざま、右ストレート。鳩尾に綺麗に決まった。

 泡を吹きながら加害者の男性が倒れる。

 やった。助かったんだ。


 呆然とした表情を浮かべていたティエリ王子は――しかし、何か得心したように頷いたあと。

 私へ向け手を差し出した。サラサラの金髪が風に吹かれ揺れていた。


「お前のその力。ボクが役立ててやろう」


 *


 貧乏貴族の娘が王子の婚約者となった――その一報が王都を駆け巡ったのはティエリ王子をお助けした次の日だった。

 ティエリ王子が裏で手を回し、私をティエリ王子の婚約者に仕立てあげたのだと知ったのは、更にその翌日。


「何故あんな底辺貴族の野生児が、王子の婚約者になったのかしら?」

「マリー、泣かないで。あの女がティエリ王子を横取りしたことは皆、分かっているわ」


 そんな陰口を叩かれることもあったが――しかし、中傷はすぐに消失した。


 何故なら、ティエリ王子の婚約者となった日以降。

 身体を鍛える生活が始まったからだ。


 王子の婚約者という座を狙っていたのであろうマリーとやらも。

 大岩を持ち上げるトレーニング中に出くわして以降、一切の接点が消え失せた。


「ティエリ王子の婚約者、予想以上にヤバい奴だわ」

「一撃離脱の銀髪令嬢、名が廃ってるよな。あれじゃ一撃で必勝しちまう」


 同級生より遠巻きにされながらも、身体のトレーニングを積む毎日。

 それは同時に、迷宮ダンジョン攻略の為の戦闘『能力』開花を待つ日々でもあった。


 我が国の王子は王位継承にあたり、迷宮を攻略する必要がある。

 それは――国内いずれかの迷宮に現れる、『王位継承のたま』を手に入れるため。


 王位継承の珠を三つ揃え、王家にのみ伝わる継承の儀式を執り行う。

 それがアランブール王国で国王となるための方法。


「ティエリ王子の迷宮攻略配信、つまんなくなりそーだな」

「あれだろ? 婚約者が凶悪な能力開花させてさ。そんで魔物ぶっ倒して終わり! 苦戦もなんもない」


 ティエリ王子は私に対し、強力な攻撃能力者として開花することを望んでいる。

 それは誰の目からも明らかだった。当然私もそう理解し、苦しいトレーニングにも耐えた。

 求められている役割を果たそうと必死だった。


 ティエリ王子とはお会いするたびいつも、同じ言葉を掛けられた。


「リリアナ。一刻も早く強大な『能力』を開花させ、ボクの役に立て。役に立てば愛してやろう。それだけがお前にとってのだ」

「はい、ティエリ王子。分かっております」


 トレーニングに合わせて身体は磨き抜かれていく。

 しかし待てど暮らせど『能力』が開花することはないまま、ただ時は過ぎていった。


 *


 二十歳になった。ティエリ王子とお会いしてから、十年の歳月が過ぎていた。


 歴史上、二十歳を過ぎて『能力』に開花したものはいない。

 私は無能力者であることが確定してしまった。


 ティエリ王子にとって、何の役にも立たない私が捨てられるのは当然の成り行きと言えよう。

 何故ならばティエリ王子は潔癖症だからだ。

 自らの汚点となるものは、全て抹殺しなければ気が済まない御方おかた


 だから、目の前の光景にも何ら驚きはなかった。



 宮廷舞踏会に姿を現したティエリ王子は、側に女性を携えていた。


 ティエリ王子の傍らに佇む女性。実際に目にしたのは初めてだが、噂にはよく聞いている。

 アネット・アヴリーヌ――通称、聖女アネット。



 平民出身ながら強い能力を持つ彼女は、その才能を認められ『聖女』として王立学園への入学を許可された人物だ。

 私が高等部を卒業した年に王立学園へ編入となった生徒だから、今まで会う機会はなかったけれど。


 攻撃・守備・癒しの『能力』全てを兼ね備えた聖女アネット。

 彼女は間違いなく、迷宮攻略において無能力の私よりも遥かに役立つだろう。

 ――王子から愛されるに相応しい存在だ。


 ティエリ王子に、刺すような目つきで睨まれる。


「リリアナ・ベッロット。この場において糾弾されるだけの罪の自覚はあるな? 聖女アネットへの暴行、傷害」


 ティエリ王子も無理を言われる。

 私と聖女アネットは初対面だというのに。


「リリアナ、お前が罪を犯した証拠は揃っている。何より聖女アネット本人が被害を告白してくれた」


 よくよく見れば、王子の横で立ち尽くしている聖女アネットは全身を震わせていた。

 肩ほどの長さに切られたコーラルピンクの髪が小刻みに揺れている。顔色は蒼白で可哀想なくらいだ。


 ……聖女アネット。彼女にとっても、不本意な展開なのだろうか。

 私にありもしない罪を被せるため、ティエリ王子に都合よく使われている立場なのかもしれない。


「ただでさえ能力の開花もなく、挙げ句の果てにこの蛮行。強き『能力』を持つ聖女に嫉妬でもしたか? この役立たずが! 汚物にも程があるだろう」


 呆れ顔でティエリ王子が首を横に振った。


 そして再び私を睨み付け、大袈裟に腕を振りかぶった。

 手刀で空気を切り裂きながら、ティエリ王子が大声で宣告する。私の受けるべき、罰を。


「これらの罪をもって、リリアナ……お前との婚約破棄をボクは今、ここに宣誓する!」



 これで――全てが、おしまいか。

 王子の婚約者として十年の歳月を捧げた結果にしては、あっさりとしている。


 今、ティエリ王子と私の間にある物理的距離は、常人であれば十歩弱と言ったところだ。

 会話をするには遠過ぎる間隔。私からの反撃を警戒しているのだろう。

 ――浅はかだわ。


「ティエリ王子。役立たずの身ですから、婚約破棄も甘んじて受け入れます。けれど最後にご忠告を」

「……このボクに、忠告? 無能力者のお前が?」

「僭越ながら。――ティエリ王子。婚約破棄を申し渡すには、距離が近すぎます」


 やる気になれば、充分に殺れる距離ですよ。


 ティエリ王子の側に控える聖女アネットがどんなに強い能力者であろうと。

 能力発動より前に距離を詰めて殺ってしまえばいい。たったそれだけの話。


 ……けれど、そんなことをしても何にもならない。ただ罪が増えるだけだ。


 思えばこの十年、私は何も得ることができなかったのだな。能力の開花すらしなかった。

 私の元に残ったものといえば、鍛え抜かれたこの身体、そしてティエリ王子より申し渡された罪科くらい。

 情のかけらも得られなかった。私はティエリ王子に、完全に見捨てられた。


 悲劇的な結末だが――期待に応えられなかった無能力者には、こんな顛末がお似合いだろうか。


「リリアナ・ベッロット! 王子配下たる我々が貴様を拘束する! 抵抗は無駄だ、大人しくしていろ!」

「――言われずとも、今更。私に反逆の意思があったならば、今頃もう既に全てが終わっていますわ」

「舐めた口を……!」


 ティエリ王子の部下らに囲まれ、舞踏会より退出させられる。

 独房にでも連れて行かれ、裁判を待つ身となるのだろう。


 私自身については仕方ないけれど。

 ――父と母、それとメイドのシノには悪いことをしてしまった。

 身の安全だけは確保してくれるとよいのだけれど……。


 *


 窓の無い部屋に入れられてしばらく経った頃だろうか。

 私を迎えに来た者は、意外過ぎる人物だった。


 エミール・ドゥ・ラ・トゥール・アランブール。国王の側室、次男坊。

 

 ティエリ王子から見て腹違いの兄に当たる、現在、王位継承権第二位の御方。

 ――そして十年前、ティエリ王子を殴打していた加害者の、にあたる人物でもある。


 着席している私を見おろしながら、エミール様は掌を胸元に緩く掲げた。


「やーほー。激ヤバだったねえ、さっきの婚約破棄」


 状況にそぐわぬ軟派な口調。

 噂通り、浮ついた性格をされているようだ。


「仕方ありません。ティエリ王子の御意向ですから」

「まーねえ、愚弟にやろうとして出来ないことはないもんな〜。この国じゃあさ」


 エミール様が前髪をかき上げつつボヤく。

 胸下まで届く金の長髪はサラサラと重力に従って落ちている。美しいストレート。

 エミール様もティエリ王子も、髪質については国王の遺伝子がお強いようだ。


 しかし――ティエリ王子のお兄様が、国外追放を待つ身の上の人間に何用だと言うのか。

 不審がる私の表情に気付いたのか、エミール様が眉尻を下げつつ軽く笑った。


「すまん、すまん。本題に入ろう」


 エミール様が机越しの対面席に軽く腰掛ける。緊張から生唾を飲みこんでしまう。


「リリアナ。きみの力を、オレに貸してくれる気はないかい」

「――暫定、国外追放の身ですよ、私。追放先で、ということですか。それとも私の共犯になるおつもりで?」


 はは、とエミール様が軽く笑った。笑い事ではないだろうに。


「やだなぁ~、オレも側室の息子とはいえ王家の人間だよ?」

「私の国外追放を、もみ消すと……? ティエリ王子と対立されることになりますよ」

「大丈夫、大丈夫。愚弟は、切り捨てた者のその後にてんで興味がないからね~。例えばさ、オレの兄貴が今どうしているか。リリアナ、きみは知っているかい?」


 エミール様のお兄様。側室の長男坊であり、十年前、ティエリ王子を殴っていたガタイのいい青年。

 彼はティエリ王子の不興をいくつも買い込み、数年前に国外追放の刑を受けている。

 側室次男のエミール様が王位継承権第二位であるのはその為だ。


 ……けれど、確かに聞いた試しはない。側室長男坊の、その後など。

 潔癖症のティエリ王子のことだ。洗い流した汚れの、排水先など直視したくもないのだろう。


「そうだ、もしオレに協力してくれるのならば、ご両親や侍女の安全もオレが保証しよう」


 両親や侍女メイド――その単語に、反射的に口が開いていた。

 ニヤリと笑うエミール様を信用すべきか否か、考える時間も惜しく感じられた。


「エミール様、私は何をすればよいのですか?」

「おお、話が早い。助かるねえ」


 当然だ。お父様、お母様、そしてシノの無事こそが今、一番重要なのだから。


「リリアナ、きみには――とある辺境伯と、結婚してもらいたいんだよね」


 ――結婚。


 予想外の要望をエミール様より突きつけられ、少々動揺する。

 国外追放目前の私を助けるというのだ。もっと困難な役務を言い渡されるものだとばかり。


 なんなら、噂に名高い『エミール・ハーレム』に入れ、とか言われるものだと思っていた。

 噂というか、悪名というか。夜な夜なハーレムにて愛の宴を繰り広げている、という風聞は本当なのだろうか。

 

 ……国外追放の刑より助けてくださるという方に、そんなことを聞くべきではないわね。


「辺境伯の妻として、辺境の地よりオレを支持し動いてほしい。頼めるかな」

「――本当にそんなことでよろしいのですか?」

「はは、こりゃ頼もしいな~」


 エミール様が立ち上がり、私へ向け手を差し出した。


「それではこれからよろしく、リリアナ。この契約が双方にとって、良いものになることを祈るよ」


 契約、か。その言い回しで、現状が少しだけ腑に落ちた。

 つまり今までの対話は、私に『形だけの結婚』を結ばせるための事前交渉だったのだ。

 

 この結婚がエミール様にとって、どういった利益となるかまでは分からない。知らせる気もないのだろう。

 だけれど――エミール様にとっても、嫁ぎ先となる辺境伯にとっても。

 形だけの結婚相手が必要だった。だから私に、結婚の契約が持ち掛けられた。そう考えるのが自然だ。


「――分かりました。未熟な身ながら、 最大限尽力いたします」


 私もまたエミール様にならい立ち上がり、差し出された手を取る。

 これで契約成立。


 結婚相手の辺境伯とやらがどんな人物なのかは分からない。

 が、王子から婚約破棄を言い渡された傷モノを妻にしようというお方なのだ。


 せめてこの身が少しでも役に立てるよう、精一杯務めさせて頂こう。

 この『形だけの結婚』契約を。


 *


 辺境の地へ向け馬車が進む。

 王都から遠ざかるほど高地が増えていき、馬の駆る速度も遅くなっていく。


 嫁ぎ先の領地。ハイデッガー領は、栄えた場所ではない。

 約二十年前から領内を襲い続けている寒冷により、農業に悪影響が出ている土地。

 領地内の迷宮から得られる利益も低調。不活性状態の迷宮には魔物も財宝も少なく、故に冒険者も少ない。


 他よりも劣った地方として、王国中枢からは重要視されていない領地の辺境伯。

 それが私の旦那様となる御方。

 ――私にとっては好都合だ。ティエリ王子に気付かれたくないし。


 周囲を見渡す。どれくらい王都から離れたのだろうか。辺り一面、辺鄙な景色に染まり切っていた。


「……ありがとうね、シノ。こんなところまで着いてきてくれて」

「なに言ってるんすか、当然っすよ! このシノ、リリアナお嬢様と一緒じゃないと生きていけないっすよぉ!」


 シノが私の腰の辺りに抱きつきゴロゴロと鳴き始めた。

 頭を撫でると益々喜びの声を上げる。まるで猫ちゃんね。


 夜逃げ同然で王都を出てきたけれど、なんとかメイドのシノだけは連れ出せた。シノがいれば心強いわ。



 シノを撫で回していたところ、馬車に同乗されていたエミール様が窓の外を指差された。


「見えてきたねえ。あの城だよ。今の時間ならアイツは執務室にいるはず。挨拶までは同席するよ」


 そう大きくもない城だった。城の背後にそびえる山々の迫力に完全に負けていた。

 到着後、エミール様の先導ですぐに中へと入る。

 出迎えなどはなかった。我々の来訪は急な話だったから仕方ないのかもしれない。


 エミール様が城奥の一室へ、ノックもいい加減に入室する。

 続けて私とシノも室内へ。


 部屋の最奥には、窓を背に豪勢な執務机が置かれていた。


 出窓の床板に、黒猫が昼の光を受け気持ちよさそうに寝転がっている。辺境伯の飼い猫だろうか。

 猫の背中には白毛の柄があり、どうにもそれは星柄のように見えた。珍しい模様ね。


 執務机に着席し机上の書類に目を通している人物。

 彼こそが辺境伯その人だろう。辺境伯が顔は上げず、我々へ視線だけを向けた。



 歳は二十代と聞いている。若い領主だ。

 エミール様曰く、つい最近、先代の領主にご不幸があり代替わりされたばかりだという。

 ご不幸があった先代領主とやらが、エミール様と歳の離れた母方の従兄弟とのこと。


 癖の強い紺青色の前髪は、辺境伯の目元近くまでひたいを覆っている。なんなら前髪が目にかかっている。

 視力に悪影響がありそうだ。お切りになられれば良いのに。

 ……前髪で片目を半分隠しているシノにも同じことが言えるけれど。


 辺境伯の灰色がかった緑色の瞳が、我々を冷ややかな目で睨んでいる――ような気がする。

 居心地が悪い。委縮する気持ちを悟られているのではないかと不安になる。


 気まずい空気をものともせず、エミール様が辺境伯へ陽気に笑いかけた。


「やーほっ。ユリアン。リリアナを連れてきたよぉ。今日から彼女は愚弟の婚約者でなく――きみの、お嫁さんだ」


 ユリアン――そう呼ばれた彼は、しかし名を呼ばれてもなお顔を上げることなく。

 ……短いため息だけを、その場に落として。



 沈黙のあと、たった一言だけ呟かれた。


「……、……必要ない……」


 ううん?

 おかしいな。私は(形だけとはいえ)結婚の契約を受けて辺境の土地までやってきたのだが。

 結婚相手、つまり契約当事者にいきなり不要扱いされている。話が違うわ。


「エミール様、これは一体どういうことでしょうか……?」

「ああ、気にしないで気にしないでぇ。ユリアン、超コミュ障なんだよ。一度に十文字以上喋れないんだ」


 コミュニケーション能力と、一度に喋る文字数になんの因果関係が?

 それにエミール様のご回答では、私が無用扱いされている理由になっていないではないか。


 困惑する私を構うこともなく、辺境伯――ユリアンと呼ばれた紺青色の髪を持つ男は、我々から視線を外した。

 そして手元の書類に再び目を通し、印鑑を書類へ押し付ける。


 連動するように。辺境伯の後ろで寝ていた黒猫が顔を上げ、起き抜けに身体を伸ばした。

 ヌァーンという猫の鳴き声だけが室内に響く。


 うーむ。

 結婚生活、出端ではなから前途多難だ……。




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次回2話より迷宮ダンジョン探索開始ですので、是非お読みください!

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