良い人だけど、気難しい!

崔 梨遙(再)

1話完結:2500字

 30代の後半、僕はフリーの採用コンサルタントとして、必死で日銭を稼いでいた。基本的には、求人広告やリクルーティングパンフレットの作成、面接の代行、同席、合同説明会の代行、同席がメインの仕事だった。あ、学校訪問の代行や同行もあった。研修も講師をしたことがあった。とにかく、採用に関することなら依頼されたらなんでもやった(末期は採用に関係無いことも沢山やった。それについては後日、書こうと思っている)。



 或るお客様がいた。僕のお客様の企業の1つ、某企業。採用責任者は人事課長の坂口さん。坂口さんは、前の会社の時から仲良くしていただいていた。フリーになっても仕事をくれるので、その気持ちが嬉しかった。だから、何かしら取り引きが続いていた。


 或る時、リクルーティングパンフレットの作成をすることになった。僕がパワーポイントで作成してもいいということで、6ページだったので6万円でその仕事を受けた。通常、営業、カメラマン、ライター、クリエーターが必要なのでもっと高い、6万というのはかなり安いはずだ。カメラも僕に任された。社員の生の声を載せるので、3人のスタッフに取材することになった。


 ここで、正直、困ったことがあった。求人広告の取材の場を、人事面談と兼ねるのだ。通常の取材は15分、長くても20分程度なのだが、それからが長い! 坂口さんの面談は1時間半から2時間。3人の取材で、ざっと6~7時間。移動時間も含めると9時間超。丸1日、取材だけで終わってしまった。


 翌日、レコーダーに録音した昨日のトークを聞くのだが、勿論、この作業も長くなる。当然だ、6~7時間の録音を聞かなければならないのだから。しかも、文章にする時は途中で再生を止めて、巻き戻して聞き直したりすることも多々ある。結局、文章にまとめるのに2日かかった。それから、スタッフの生の声のページ以外のページを作った。


 そして、完成品をデータと紙で持って行った。何カ所も修正するように言われた。坂口さんの修正時間が長くて、また1日仕事になった。また持って行った。ようやくOKがもらえた時、僕はパンフレットの作成に6日間も要していた。これでは困るのだ。日給1万円になってしまう。日給1万円だと、365日働いたとしても年収365万円だ。僕は日給1万5千円~2万円はもらわないとやっていけない。みんな、そういうことは気にしてくれない。困ったものだ。



 合同説明会の助っ人として同席させてもらったこともある。また日給1万円だった。日給1万円では困るのに、なんでみんなそのことに気付いてくれないのだろう?


 合同説明会は楽だ。僕はまず、企業毎に割り当てられた、横5で縦4の椅子に学生達を思いっきり座らせる。空席が無くなるほど座らせる。僕は、座らせるのは得意だった。その企業との付き合いも長いし、パンフレットや求人広告も作っているし、坂口さんのトークも聞き慣れていたので、坂口さんが食事休憩に行っている間は僕が会社説明の代行をした。


 坂口さんのトークの完成度は高い。だが、坂口さんには致命的な欠点があった。声が小さいのだ。4列目の後ろ、最後尾で聞いていればスグにわかる。聞こえていない。多分、3~4列目の人にはほとんど聞こえていないだろう。考え抜かれたトークなだけに勿体ない。そしてもう1つ致命的なことがあった。話が長い。学生達は多くの企業の話が聞きたいのだ。他社はだいたい30分くらいで回転する。なのに、坂口さんのトークは1時間だ。30分を超えたくらいから、学生達の雰囲気が変わることに気付く。ソワソワし始める。絶対に、“長いなぁ、早く次に行きたいのに”と思っているのだろう。これはいかがなものか? 学生から嫌がられないか? 心配だった。


 なるべく黙っておきたかったが、一応、言ってみた。


「坂口さん、もう少し大きな声の方がいいですよ、4列目になると声が聞こえていません。3列目、4列目は、多分、何を言ってるか聞き取れていません。せっかく良い話をしてるのに、勿体ないですわ。」

「そうか、ほな、もっと大きな声を出すわ」

「あと、もうちょっと時間を短くした方が学生は喜ぶと思いますよ」

「わかった、そうするわ」


 だが、坂口さんのトークに変化は無かった。声が小さいし、話も長い。僕は、同じことを2回言うようなことはしなかった。これが坂口さんなのだ。簡単に言うと、自信を持ちすぎている。だから、他人のアドバイスは聞いたフリをして聞かない。それがよくわかっているから、僕はもう何も言わない。ただ、勿体ないと思った。せっかく、満席になるまで頑張って座らせたのに。そういうこともあった。



 話は変わる。女友達? が“合コンしたい”と言うので坂口さんに、


「合コンしたい女性陣がいるんですけど、どうですか? やめておきますか?」


と聞いたら、


「いけるで-! 頼むわ-!」


と言われた。


「ほな、お願いします。女性陣の幹事の連絡先を伝えるのでメモしてください。それから、女性陣が、“お金が無いので、申し訳無いけど奢ってほしい”と言ってますが、それでもいいですか?」

「ええよ、ええよ」


 ところが合コンの翌日、女性陣から僕にクレームが来た。


「全部割り勘だったんですけど、どういうことですか?」

「知らんがな。“奢ってほしい”と言ってるということは伝えてるから。それでも割り勘だったということで腹が立つなら坂口さんに言うてくれ」



 坂口さんと仲は良かった。学校訪問の同校もしたし、食事もしたし、飲みに行って電車が無くなったので、僕のマンションの部屋に泊まったこともある人だ。一緒にスーツを買いに行ったこともある。いい人なのだが、僕の日給を1万円と思い込んでいるのには困った。そして、合同説明会では、多分、損をしている。女性に奢らないのも、多分、損をしている。人間、長所もあるが、欠点も多々あるというお話。人間というのは難しい。坂口さんは僕よりも幾つか年上。50代だが元気で、楽しそうに転職した。人事や採用とは全く違う仕事らしい。とにかく、元気で何よりだ!







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