全てを失った伯爵令嬢は……

青空一夏

第1話 急逝の知らせ

「えっ?  お父様とお母様が亡くなった……?  そんな、そんなはずありません……」


「レストン伯爵家から手紙が届いたの。伯爵家を預かっている家令からよ。『レストン伯爵夫妻が急逝されました。プリムローズお嬢様に、至急領地に戻るようにお伝えください』と書かれているわ。ひとまず、領地に帰りなさい」


 ここは王立貴族学園の学園長室。レストン伯爵家の一人娘であるプリムローズは、執務室に備えられた重厚なソファに腰掛け、青ざめた顔で手を小刻みに震わせていた。


 王立貴族学園は王都に位置し、多くの生徒たちは親元を離れて寄宿舎で生活している。プリムローズもその一人で、まとまった休みがある時には領地に帰って家族と過ごしていた。二ヶ月前も領地を訪れ、両親と楽しいひと時を過ごしたばかりだ。


 ――お父様もお母様も、あんなにお元気だった。だから、亡くなるなんて、そんなことあるわけがない……これは何かの間違いに違いないわ。


 そう心の中で繰り返しながらも、プリムローズの胸には不安が渦巻いていた。両親から深い愛情を受けて育った彼女にとって、二人の死は現実味を帯びないもので、到底受け入れられるものではなかったのだ。



 


 馬車の揺れが規則正しく響く中、プリムローズは曇りのない青空をぼんやりと見つめた。窓から差し込むうららかな日差しは、春の訪れを告げるように優しく暖かい。しかし、その光は彼女の胸に届くことはなかった。むしろ、その明るさがかえって心の陰りを浮き彫りにするようで、プリムローズは目をそらすように目を閉じた。


 両親の顔が瞼の裏に鮮明に浮かび上がる。いつも笑顔で、温かい手で彼女を包み込んでくれた父。どんな小さなことでも優しく耳を傾けてくれた母。どれほど多くの愛を注がれていたか、どれほど自分は幸せだったか――それを痛感するたび、胸の奥が締めつけられるように痛む。これが、もう二度と戻らないのだと考えると、喉がひりつくようだった。


 「お父様、お母様……」


 震える声で呟きながら、馬車の中で手を握りしめる。両親はもうこの世にはいない、その事実を受け入れることはまだできない。ただただ涙が溢れて止まらなかった。


 馬車は王都の街道を抜け、広大な平原を進んでいた。レストン伯爵領まで三日ほどかかる道のりは、普段であれば楽しみな旅路であった。途中の宿で宿主や女将と交わす会話は心地よく、夕食の温かな料理も嬉しいひとときだった。しかし、今のプリムローズには誰かに声をかけられても素っ気ない返事を返すだけで、食事もどこか味気なく感じられた。


 早く屋敷に戻り、事実を確かめたいという気持ちと、現実と向き合いたくないという気持ちが胸の中で交錯する。この家令からの知らせが誤報であってほしいと願うことしか、彼女にはできなかった。


 だが、レストン伯爵家の家令ラリーは、そんな無責任なことをする人物ではない。彼が送ってきた手紙が嘘であるはずがないと、プリムローズは心の中で確信していた。


 それでも、急逝という事実が信じられない。だって、両親はあんなにも元気だったのだから――。


 移動の途中、ろくに眠ることも食べることもできず、身体は次第に疲れ果てていった。ようやく辿り着いたレストン伯爵家のマナーハウス。


 しかし、屋敷には――


 

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