第5話
店を出るとすぐ目の前に車が待っていて、女を見ると運転手らしき男が出て来てドアを開けた。
女の緑に染まったワンピースをちらりと見たけれど、表情は崩さなかった。
「早く乗って」
そう言われて、女の隣に座った。
車が走り出すと、女が話し始めた。
「また、借金が増えちゃったわね」
「さっき『賠償を求めない』って……」
「そうよ。店にはね。あなたは別。仕事も一つ失ったし、またホストでもやる?」
何で知ってる?
それも調べてたのか。
「無理よねー。だって柊ニ、超お酒弱いんだもん。Barで働くのもキツイんじゃない?」
女の言う通り、俺は酒が弱い。
ホストは金になるいい仕事だったけれど、客に酒を飲ませなければ指名だけでは売り上げにつながらない。
客に飲ませようと思ったら自分も飲まなければいけない。
顔とトークだけでは全然金にならない。
それでも、夜の仕事は実入りがいいこともあって、店を転々としながら今のBarにようやくたどり着いた。
FILOUは常連の客が多く、中には酒を勧めてくる客もいるけれど、断っても嫌な顔をされることもなく笑って済ませてくれる。
それが長く続いている理由だった。
「どうしろってんだよ?」
「口の聞き方ぁ」
「もうあんたは客でも何でもないんだから知るかっ」
「お願いを聞いてくれたら、借金チャラにしてあげる」
やっぱりヒモか。
「ちょっと待ってて。ずっと我慢してたけど、ねとねとして気持ち悪いのよね」
そう言って女が車を出たので、ひとり車内に取り残された。
スモークの貼られた窓から外を見ると、どこかの地下駐車場のようだった。
大学も中退して借金もあって、親や親戚とは絶縁状態で、水商売をやってる男の行きつく先はやっぱりこういうものか。
ぼんやりとこの先のことを考えていると、ドアが開けられた。
「どうぞ、雅様がお待ちです」
今度は黒いスーツを着た見知らぬ女に連れられて、エレベーターへ向かった。
あの女、金持ちなのはわかったけど、何者?
「あの、雅……雅さんって、何してる人なんですか?」
スーツの女は少し驚いた顔を見せただけだった。
無視かよ……
エレベーターが最上階でとまると、スーツの女は俺を部屋の前まで連れて行き、ドアをノックした。
「では、私はここで失礼します」
スーツの女がエレベーターへ戻るのを見ていると、目の前のドアが開いた。
パンドラの箱 野宮麻永 @ruchicape
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