ポインセチア

凛子

第1話

 花屋でポインセチアを見かけるようになった頃、ミュージシャンの夢を諦めきれずにいた凌雅りょうがは、三年という期限付きで上京した。


 凌雅の夢を後押しする為に、沙紀さきは別れを選んだ。


 大学時代から七年間付き合った彼氏で、勿論結婚も考えていたが、先が見えない不安も感じていた。

 沙紀のひとつ先輩だった凌雅は、卒業後一度は就職したものの、翌年沙紀の就職が決まった頃には、フリーターとなっていた。その後も定職には就かず、アルバイトで生計を立てて音楽活動を続けていた。

 凌雅を応援したい気持ちはあったが、周りがどんどん結婚して幸せな家庭を築いていくことに、沙紀が焦りを感じていたのも事実だった。


 そんな沙紀の気持ちに、凌雅も恐らく気付いていたはずだ。だからこそ、期限を決めたのだろう。

 一番近くで凌雅を見ていた自分が理解してあげなければいけない、と沙紀は思った。


 悩んだ末に出した答えだった。



 ポインセチアを送ろう

 大きなツリーは買えないから

 ポインセチアを送ろう

 大好きな君に……



 あの日、真っ赤なポインセチアの鉢植えを沙紀に手渡し、「さよなら」ではなく「いってきます」と凌雅は言った。

「待ってる」と言ってあげられる程の余裕はなかったけれど、「頑張って」と笑顔で凌雅を送り出した。




 三週間後、凌雅から『メリークリスマス』のメッセージと共に、大きなツリーの画像がメールで送られてきた。


 クリスマスを一緒に過ごしてからの別れは余計に辛いと言って、凌雅は十二月に入ってすぐに発ったのだ。


 この選択は正しかったのだろうか、と沙紀は自問自答を繰り返していた。


 行かないでほしいと言っても良かったのだろうか。自分もついていくと言えば良かったのだろうか。けれど、それではきっと何も変わらないだろう。


 凌雅は「待っていてほしい」とは言わなかったが、「さよなら」とも言わなかった。


 別れ際の凌雅の表情を思い出すと、後悔の念が押し寄せた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る