30 裏技

俺は血と煙の匂いが充満する中、ヴァーミリオンドレイクの魔石を手にしていた。

冷たく硬いそれは、焼け焦げた手のひらに不快な感触を残しながらも、どこか甘美な期待を感じさせるものだった。

魔石に触れるたびに、心臓がざわつく。


「修羅、その魔石を我に献上すれば、黒炎の霊刃の力を数倍に引き上げることができる。」

突然、頭の中に神威の声が響いた。

その言葉は、俺の体に新たな緊張感を走らせた。


「何だと…?そんなことが可能なのか」

俺は思わず声を上げ、手にした魔石を見つめ直した。

その言葉が本当なら、これまで以上の力を得ることができる。だが――


「なぜ今まで黙っていた。」

俺の声が低く響く。

今まで幾度も死線を越え、命を賭けて戦ってきた。

そのたびに黒炎の霊刃を握り締め、限界を超える力を求めていた。

それなのに、なぜその方法を隠していたのか。


神威は一瞬の沈黙を挟んで答えた。

「…理由は簡単だ。お主がそれを使うには、まだ早すぎた。そして――」


神威の声がそこで止まり、冷たく厳しい響きが付け加えられた。

「その力を引き出す代償は大きい。魔石の種類や状況によっては、黒炎の霊刃そのものが砕ける可能性があるからだ。」


俺はその言葉に硬直した。

「砕ける…だと?」

信じがたい言葉が口をついて出た。

俺にとって黒炎の霊刃は、単なる武器ではない。

戦いのすべてを共にしてきた相棒だ。

それが壊れる――そんな考えは一瞬たりとも浮かんだことがなかった。


「では、なぜ今になって教える?」

俺は神威を問い詰めた。

怒りと混乱が胸を駆け巡り、血のように熱い衝動が込み上げてくる。


神威の声が静かに、しかしどこか挑発的に返ってきた。

「お主が戦闘狂であることは、我も百も承知だ。この先も自らを喰らい尽くさんばかりに戦い続け、敵わぬ魔物に挑むのであろう?ならば、その時にこそ、この力が必要になると判断したまでよ。」


俺は黒炎の霊刃を強く握り締めた。

手に伝わる冷たい金属の感触が、どこか裏切られたような感情をかき立てる。

だが、同時に、その刃の向こうに広がる未知の力が俺を引き寄せてもいた。


「お主の怒りは当然だ。」

神威は冷静に続ける。

その声には、まるで戦場で敵と向かい合った時のような緊張感が漂っていた。

「だが、我が口を閉ざしていた理由は一つ。黒炎の霊刃も大事だが、お主の命もまた、我にとって重要なものだからだ。」


「俺の命?」

俺は思わず神威の言葉に鼻で笑いそうになった。

戦いの中で生きることは当然だが、それを守るために力を隠されるとは思わなかった。


「そうだ。修羅、お主がこの世から消え去れば、我の旅路もそこで終わる」


神威の声が少しだけ柔らかくなったように聞こえたが、俺の中の渇望はそれを無視した。

「ふざけるな。俺は力を求めている。命を賭ける価値があると感じた時には、その代償すらも呑み込む覚悟だ。」


「お主…本当に使うのか」

神威の声には驚きが混ざっていたが、俺はそれを無視して一歩踏み出した。

全身に広がる黒炎の力が、次の戦いへの期待を膨れ上がらせていた。


俺は黒炎の霊刃を掲げ、次の戦場に向けて歩き始めた。

その刃先に宿る炎は、俺の命と渇望そのものだった。


血と戦いに飢えたこの道を進む以外に、生きる意味などないと知りながら。


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