14 黒霧の狩猟   刻印爆裂

森の空気は冷たく澄んでいたが、緊張感は肌を刺すようだった。

俺は透明化の術を維持しながら、魔力を微細に調整し、気配を完全に断つ。

ギルドの調査隊がすぐ背後で動き回る気配を感じたが、一歩も動くわけにはいかなかった。


「修羅の狩りは見事だが、今回は目立ちすぎたな」

神威の声が霊刃を通じて静かに響く。

その冷静な指摘には少しばかりの苛立ちが混じっているようにも思えた。


「仕方ない。あれはさすがに放っておけなかった」

俺は軽く肩をすくめながら霊刃を握り直す。

その感触が不思議と安堵をもたらすのは、神威が確かにそこにいるという確信があるからだ。


ギルドの調査隊は森の奥深くで動きを止めた。

「完全に気配を消している。だが、何かしらの痕跡が残っているはずだ」

リーダーが険しい顔で呟く。周囲の隊員たちが注意深く周囲を探る音が聞こえる。


「リーダー、ここに微かな魔力の残り香が…微かにだけ…これでは無理です…」

「どこまで巧妙なんだ」


その言葉を背に、俺は森を抜け出した。

調査隊が俺を見つけるには、まだ数歩足りないようだ。


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たどり着いたのは、黒霧の洞窟。


湿った空気が重く、奥から漂う血と腐臭の混ざった匂いが鼻を突く。

獲物――Sランク魔物「デスシャドウスパイダー」がいる。


黒い霧が洞窟を満たし、その中心で不気味に揺らめく巨体が見えた。

六つの目が光を反射し、俺を捕らえるようにギラついている。

その脚は鋭利な刃のように輝き、岩を砕く硬い音を立てながら動いている。


「奴の毒。油断は命取りだぞ。」

神威の冷静な声が頭に響く。


俺は霊刃を握りしめ、魔力を注ぎ込む。

黒炎が刃を包み、その熱が手元に伝わるたび、体の内側から力が湧き上がるのを感じる。


洞窟全体が黒い霧に覆われた瞬間、デスシャドウスパイダーが襲いかかってきた。

脚が空を裂き、大地を抉る。

その一撃は岩を粉々に砕き、砕けた破片が俺の頬をかすめた。


だが、その速さでは俺には届かない。

透明化の術を発動し、一気に側面へと回り込む。


「まずは動きを削ぐ。」

霊刃を振り抜き、鋭い脚を一本斬り落とした。

断面から黒い血が噴き出し、洞窟の床に飛び散る。

その血が岩に触れると煙を上げ、焼けるような臭いが充満する。


デスシャドウスパイダーは怯むことなく、巨体を揺らして毒液を吐き出してきた。

その液体が床に触れるたび、岩を溶かし、泡立ちながら煙を上げる。


俺は

跳躍し

毒の軌道を外して

魔法陣を展開


爆裂魔法を

叩き込む

炎が霧を切り裂き

蜘蛛の腹部を焼き焦がす


その瞬間、焼けた肉の裂ける音と共に、黒い液体が勢いよく噴き出した。


蜘蛛が狂ったように霧を纏い、視界を奪いながら脚を振り回す。

その攻撃は音を伴わず、気配だけが空間を揺らす。


だが、霧越しにその動きを見極めた俺は、再び霊刃を振るう。

黒炎が脚を貫き、肉を裂き、骨を焼き尽くす。

飛び散る血が俺の腕にかかり、熱い痛みを走らせるが気にする余裕はない。


「修羅、核を狙え。だが奴の霧に飲まれればこちらも無傷では済まん。」

神威の声が低く響く。


「分かってる。一気に」


俺は全力で跳躍し、蜘蛛の頭上を超える。


空中で

黒炎を纏った霊刃を高く掲げ

全ての魔力を

刃に

注ぎ込む


「終わり」

刃が蜘蛛の腹を貫き、核を正確に捉える。


その瞬間、黒炎が爆発的に広がり、蜘蛛の巨体を内側から焼き尽くす。

裂けた腹部から肉片と血が吹き出し、洞窟の床一面に広がる。

焦げた肉の匂いが充満し、血と煙が混ざった空気が肺に刺さる。


巨体が崩れ落ちる音が洞窟内に響き渡る。

霧が消え、辺りは静寂に包まれた。


俺は静かに霊刃を振り、血と肉片を振り払う。

目の前に転がる魔石が、狩りの終わりを告げている。


「修羅、お主が命を落とせば、我の見る世界が途切れる。」

神威の言葉には冷たさがあるが、その裏に宿るのは俺への期待だ。


俺は魔石を拾い上げると、洞窟を後にした。

足元の血溜まりを踏みしめるたび、濡れた音が耳に残った。


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刻印爆裂


俺の指先に集まる魔力が、鋭く光る紋様を刻み始める。


紋様は

まるで生き物のように脈動し

冷たい空間を

えぐるように広がっていく


この技はただの爆発ではない――相手の体内に侵入し、内側から破壊する。

だが、失敗すれば俺自身が致命的な隙を晒す。

精密さが命を分ける技だ。


「あの鬼人で試す。奴の鎧がどこまで耐えられるか見てみる」


目の前の鬼人が唸り声を上げる。

全身を覆う氷の鎧が、俺の魔力の熱を感じて薄く震えた。

剥き出しになった赤黒い肌の一部が、凍りついた筋肉の膨張で張り裂けそうになっている。

その巨体からは冷気が滲み出し、大地を凍らせながら迫ってきた。


「刻印を正確に焼き付けろ。位置を間違えれば何の意味もない。」

神威の声が霊刃を通じて脳内に響く。


俺は答えず、体を低くして全神経を集中させた。

奴の動きが鈍る前に仕掛けなければならない。


地面を蹴り、俺は一気に間合いを詰める。

鬼人が反応し、巨大な爪が音を切り裂いて振り下ろされた。

冷気の波が爆風のように襲いかかり、俺の肌を鋭く切り裂く。

その刹那、体をひねり、爪の軌道をギリギリで外す。


「そこだ!」


俺の指先に溜めた魔力が

解き放たれ

紋様が

鬼人の胸元に焼き付いた


その瞬間、俺の体に奇妙な感覚が走る。

まるで自分の指先から相手の体内に入り込み、肉の壁を掻き分けるような感触だ。


鬼人がのたうち回り、胸を押さえながら咆哮を上げる。

黒い血が裂けた肌から噴き出し、凍りついた地面に染み込む。


「爆裂!」

俺が掌を向けると、刻印が一気に光を放ち、激しい衝撃音が洞窟に響いた。


次の瞬間、鬼人の体内で爆発が起こる。


内臓が破裂し

骨が砕け

断片が肉の裂け目から

飛び散る


鋭い破片が周囲に飛び、俺の頬を掠めて血が滲む。


鎧は粉々に砕け、燃えた肉と焦げた血の匂いが鼻を突く。

鬼人は咆哮を上げながら後方に吹き飛び、地面に叩きつけられる。


白い霜が舞い上がり、血と肉片が混ざり合って宙を漂う。

鬼人の巨体は煙を立て、その下の地面には血溜まりが広がる。

体は痙攣を繰り返していたが、次第に動きが止まった。


俺は荒い息をつきながら手を握りしめた。

胸の奥が高鳴り、全身の血が沸き立つような感覚が走る。


「刻印爆裂…良いな」


神威が静かに警告する。

「修羅、その技はお主をも飲み込むぞ。力を誤れば命を失う。」


俺は笑みを浮かべた。

「心配無用だ。これ以上の力があるなら、もっと楽しみになるだけだ。」


指先に再び紋様が浮かび上がる。

その輝きは、俺の次の獲物を待ち構えるように脈動を続けている。


霊刃を鞘に収めると、手に伝わるその重みが戦いの余韻を物語っていた。

疲労感は全身を突き抜けるが、それ以上の満足感が、俺の中に静かに広がっていく。


洞窟を後にしながら、地面に広がる血の匂いがまだ鼻に残っていた。


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