追放公爵と義務聖女

うにとらひこ

1.追放公爵ウィリアム・ブルース

「ウィリアム、お前を枢密院すうみついん顧問官こもんかんから解任する」


サウスランド公ウィリアムは、王太子ジョンから突然とつぜんそう告げられた。


王太子おうたいし殿下でんか、いきなり何を言うのですか。 私が何か間違まちがったことをしましたでしょうか?」


「お前は、俺が何をするにしても口をはさんでくる。妖精識ようせいしきだか何だか知らないが、 得体えたいの知れない能力で俺に指図さしずするな!!」


「そんなつもりではありません。ただ、私は……」


「俺はもう我慢がまんの限界なのだ。これ以上は付き合いきれん」


王太子おおたいしジョンのいかりの矛先ほこさきは、どうやらウィリアムの異能、妖精識ようせいしきにも向けられていたようだった。


妖精識ようせいしきとは、邪心じゃしん看破かんぱする力。


人間は、だれしも心にやみを持っている。


それは、他人に対するねたみであったり、憎悪ぞうお恐怖きょうふであったり、時には出世欲しゅっせよくなどの感情もふくまれる。


それらの邪悪じゃあくな心を読み取り、その人間の本心を見抜みぬくことができるのが妖精識ようせいしきであった。


その力で悪意を持つ者を排除はいじょするため、何度も王太子に助言をしてきた。


だが、彼はどうやらそれが気に入らないようだ。


「それにだ、お前はいつも具合の悪そうな表情をしているし、目つきも悪い。そんなやつと四六時中共にいて、気分が良いわけがないだろう!」


「それは……、もうわけございませんでした」


王宮とは魑魅魍魎ちみもうりょう巣窟そうくつ


自らの利益の追求のために他人を蹴落けおとすことに躊躇ちゅうちょのない連中ばかりである。


そして、その者たちの心裡しんりにさらされるたびに、ウィリアムがき気がするほどの嫌悪感けんおかんを感じていたことは事実だった。


だが、それでも王太子ジョンに仕えていたのは、き王妃エリザベス、王太子ジョンの母にたくされたからだ。


多大な恩を彼女かのじょから受けたウィリアムは、自ら彼女かのじょ裏切うらぎることなどできなかった。


「しかし、私は……」


「うるさい! もう決めたことだ」


ウィリアムとしても、好きで王太子ジョンに仕えていたわけではない。


エリザベスへの恩返しのため以外の理由などなかった。


父サウスランド公ジェイムズが病死し、精神をむ母が修道院に送られてからというもの、天涯孤独てんがいこどくとなったウィリアムを後見したのが、ほかならぬ王妃エリザベスであった。


ウィリアムの叔母おばであり、唯一ゆいいつの肉親、王妃おうひエリザベスは、自らの子供こどもたちとウィリアムをへだてなくいつくしみ育て上げた。


だからこそ、ウィリアムは彼女かのじょの力になろうと心にちかったのだ。


だが、そんなことも王太子ジョンは知るよしもないのだろう。


自らの都合の良いようにしか物事を考えていない。


いや、そもそも他人のことを考える気すらないのかもしれない。


彼の関心は自分にのみに向けられているようだった。


「……わかりました」


結局ウィリアムは抵抗ていこうあきらめ、王太子ジョンの執務室を後にした。


◇◇◇◇



廊下ろうかに出ると、ウィリアムは軽くため息をつく。


「はあ、どうしたものか……」


そんな時、廊下ろうかの先から声が聞こえる。


「おい、聞いたか? 王太子殿下おうたいしでんかがウィリアムを枢密院すうみついん顧問官こもんかんから外したらしいぞ」


「へえ、あの根暗野郎か。そりゃあいい気味だぜ。今までさんざんおれたちの仕事を邪魔じゃましやがって」


「ざまあねえな」


見ると二人ふたり侍従じじゅうとして王太子に仕えていた人間だった。


かれらにとって、ウィリアムの存在そんざいは目の上のたんこぶだったのだろう。


「まあでもよ、正直せいせいしたぜ。あいつのおかげでどれだけ仕事がやりがたかったことか。何につけても慎重論をとなえるしな。老人の話を聞いているみたいで気分が悪かったんだよ」


「そうだな。外戚がいせきってだけでこちとら仕事がやりづらいのによ。これでようやく安心して仕事ができるってもんだぜ」


二人ふたりの会話を聞きながら、ウィリアムは自嘲気味じちょうぎみに笑う。


当初仕えていた枢密院すうみついん顧問官こもんかんは、もうウィリアム以外はみな自らめてしまった。


国王が病にせていることを良いことに、傍若無人ぼうじゃくぶじんいをする王太子ジョン愛想あいそかしてしまったのだ。


王太子が諸侯しょこうに新たに税をそうと画策かくさくしたり、賄賂わいろを取り不公正な裁判さいばんを重ねていたことも、ウィリアムは知っている。


それをとがめるたびに、王太子や侍従じじゅうたちはウィリアムのことを『出しゃばり』とののしった。


ウィリアムなりに良かれと思って進言していたつもりだったが、どうやら周りの目には逆効果だったようだ。


現在仕えている侍従じじゅうたちは、中小貴族きぞく子弟していで構成されていて、王太子の暴走を止めようとする者はいなかった。


それどころか、逆に王太子に取り入ることで出世をはかるものまでいる始末。


そんな中で、ウィリアム一人が諫言かんげんを続けるのは無謀むぼうとさえ言えた。


ウィリアムが考えていた以上に現実は非情で、だれかれもが自分本位で利己的りこてきな考えにもとづいて行動している。


税を課し収奪しゅうだつすることや、賄賂わいろを取る以外に能の無い者ばかりがのさばり、真っ当な倫理観を持ち合わせた者などほとんどいない。


それがこの国中枢ちゅうすう、王宮の現状であった。


外戚がいせきのはずのウィリアムにだって止められないのだ。


ほかだれが止めることができようか。


ウィリアムは無力感に打ちひしがれながら、車寄せへと向かった。


◇◇◇◇



外に出ると秋風が強くけてくる。


肌寒はださむさを感じながら馬車へとむと、御者ぎょしゃがいつも通り声をかけてきた。


閣下かっか、どちらまで向かいましょう?」


「……ああ、とりあえず王都を出たい」


「へい」


ウィリアムは力なく答える。


どうせ領地に帰るというのなら、一人ひとりだけ会っておきたい人物がいた。


四六時中王宮にめていたウィリアムにとって、久しぶりに見る外の景色けしきだ。


王都にも屋敷やしきはあったが、家人以外住むものはいないし、帰る場所としては相応ふさわしくなかった。


血統上の母であるマーガレットはまだ生きていたが、修道院送りになって以来面会もしていない。


彼女かのじょは、ウィリアムのことをきらっていた。


金髪きんぱつ


この国では、その色が魔力まりょくが高く高貴こうき血筋ちすじである証とされている。


もっとも、王や王太子ジョンでさえ金髪きんぱつでなく、もうこの国には金髪きんぱつの人間は二人しかいなかった。


そんな中、ウィリアムの髪かみは王女であった祖母に似た明るい金色の髪をしていた。


金髪きんぱつのエリザベスと茶髪ちゃぱつだったマーガレット。


母であったマーガレットのコンプレックスはすさまじく、幼少期ようしょうきのウィリアムはよくののしられたものだ。


それでも、おさないウィリアムはいつかは母と和解できる日が来るはずだと信じていた。


だが、成長して母の心のやみを知るにつれ、いつしかかれと母のみぞは決定的なものとなってしまった。


◇◇◇◇



いつしか馬車は王都の城門じょうもんけ、街道かいどうを走り続ける。


季節は秋の終わり。


冬の到来とうらいを感じさせる冷たい風がまど隙間すきまからみ、ウィリアムのほおかすめた。


ふと空を見上げると、空はどんよりとした灰色はいいろの雲でおおわれており、今にも雨がりそうだった。


ウィリアムはそんな天候を見て、ある日の記憶きおくを思い出す。


あれはまだかれが十さいにも満たないころのことだ。


その日、ウィリアムは王都の屋敷やしきし、行く当てもなく邸宅街ていたくがい彷徨さまよっていた。


母マーガレットの虐待ぎゃくたいともいうべき暴力にえかね、衝動的しょうどうてきに家を飛び出したのだ。


やがて雨がり始め、体をらしていく。


すでに日がれようとしていた。


このまま自分は死んでしまうのだろうか。


そんなことを考えながら歩き続けていると、雨音にまぎれて小さな声が聞こえた。


声の方に顔を向けると、一人ひとりの少女がウィリアムの頭上にかさを差しべた。


少女はどこか物憂ものうげな表情で、心配そうにこちらを見ている。


「久しぶり。どうして一人ひとりでこんな所にいるの?」


その問いに答えられずにいると、少女の方から言葉を続けた。


「おなか空いてない? よかったらうちで食事していく?」


「え?」


「ほら」


そう言って手を差し出し、行き場のないウィリアムを助けたのは彼と同じ髪色かみいろをした少女だった。


過ぎ去った日の記憶きおく辿たどりながら、ウィリアムは再びまどの外に目を向ける。


そこには巨大きょだいな修道院があった。


かかげられているのは、十字の紋章もんしょう


その紋章もんしょうは、かつてこの国の初代国王を支えた聖女せいじょ王妃おうひのものだった。


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