35 夜半の隅田川 1



 ある日のこと。

 私は一条家の黒服さんと一緒に、お屋敷の掃除をしていた。


 着物のそでをめくった状態(たすき掛けっていうらしい)で、私たちはぞうきんがけする。


「れーいちゃーん」


 私の護衛である、百目鬼どうめき 朱乃あけの家の末っ子、蒼次郎そうじろうくんがつまらなそうに言う。


「掃除なんてしてないで、おいらとあそぼー?」

「後でならいいですよ。お掃除終わってから」


「えー。そんなの、黒服たちがやるよー。ねー?」


 すると黒服女子が言う。


「でもレイさまとお掃除するの、たのしいから好きっ」

「ほえ? どういうこと?」


 蒼次郎君は知らないようだ。

 朱乃あけのさんと交代で、私の護衛をしてるから。


「見ててくださいね」


 そう言って、私は右手を前に突き出す。


「【饕餮とうてつ】」


 瞬間、私の目の前に黒い穴が出現する。

 ゴォオオオ……! と黒い穴にめがけて、床のホコリが吸い込まれていく。


「レイさまー! 落ち葉ひろいおわりましたー! しゅごー! やってくださーい!」


 年若い黒服女子が私に手を振る。


「はーいっ、今行きますっ」


 私は庭に出る。

 集まった落ち葉に向かって……。


「【饕餮とうてつ】」


 ゴォオオオオ……! と大量にあった落ち葉の山が、一気に吸い込まれていった。


「よしっ」

「え、ええ!? レ、レイちゃん今のなになになに~!?」


 驚愕する蒼次郎君が、おかしくて、思わずくすって笑ってしまう。

 ……いけない、私ごときがこんなことで、笑うなんて……。

 

 っと、いけない。


「今のは私の異能、饕餮とうてつの力の応用です」

「おーよー?」


「曰く、万象を喰らい、殺す異能らしいのです。百春さまのところで、異能を調べてもらい、使い方をレクチャーしてもらったんですよ」


 どうやら饕餮とうてつは、異能を殺すだけの能力ではないとのこと。

 万象……つまり、異能以外も食うことができるそう。


 それで、最近こうして、異能の訓練をかねて、お掃除を手伝ってる次第。


「レイさまのしゅごーってやつ、すごいよねー!」

「見ててきもちー!」


 最初と違って、間違ってゴミ以外を吸い込むことはなくなった。

 できなかったことが、できるようになるのは、楽しい。


 私たちが庭先でしゃべっていたそのときだ。


「レイちゃーん!」

木綿ゆうさんっ!」


 サトル様の幼馴染み、六反園ろくたんその 木綿ゆうさんが元気よく手を振りながらやってきたのだ。


「遊びに来たよー! ほい手土産の芋ようかん」


 手に持っていた包みを、木綿ゆうさんが私に見せてくる。


「いも……よーかん?」

「なに! 芋ようかん食べたこと無いの? 淺草あさくさ名物なのにっ?」 


「ご、ごめんなさい……」

「いや謝らないでよ……レイちゃんすぐ謝るよね」


 自然と口を出る、謝罪の言葉。

 長年、私はサイガの家で虐められてきた。


 役立たず、ゴミ、屑。


 そんな酷い言葉が、呪いのように……私にまとわりついて離れないのだ。


「……こりゃ悟も、泣きついてくるわけだ」

「え?」


「んーん、なんでもない。それより、皆でおやつたべよーよっ」

「あ、はいっ」


 私、木綿ゆうさん、蒼次郎君、そして黒服の皆さんで、客間へと移動。

 グリーンティーを飲みながら、芋ようかんとやらを食べる。


「これは……美味しいですっ。甘くて、ねっとりしてて、おいしいっ」


「でしょでしょっ! 淺草あさくさの御菓子って言えば、芋ようかんとか、人形焼きとか、きんつばも美味しいよねー」


 うんうんうん、と黒服さんたちがうなずいてる。


「ゆうねーひゃんは、なにひにきたの?」


 もっもっ、と芋ようかんを食べながら、蒼次郎君が尋ねる。


「新作の服ができたから、もってきたんだー」


 外で控えていた、侍女さんが、私の前で包みを開く。

 白地に、紅葉の柄の、とても美しい着物だ。

「わぁ……! すごい綺麗ですっ」

「でっしょー! レイちゃんにそれあげる」

「え……? あげる……? お金は……」

「ロハ」


「ろ……?」

「ただってことさっ」

「え、えええええ!?」


 そんな……! こんな高級そうな着物が、た、ただ!?

 無料で!?


「む、むむむ、無理です!」

「無理て……」


「だって、こんな素晴らしい着物、ただでもらうなんてっ! 私ごときが……」


 あー……と木綿ゆうさんが頭をかく。

 黒服の皆さん、そして蒼次郎君も、ため息をついた。


「レイちゃん……ほんっとに自分に自信ないのね」

「すみません……」


「あのね、レイちゃん。これはね、先行投資なの」

「せ、せんこう……? とうし……?」


 どういうことだろう?


「レイちゃんがあたしの作った着物を着ることで、すっごい宣伝になるわけ」

「せ、宣伝……? どうして?」


 はぁ……と木綿ゆうさんがため息をつく。


「だーめだこりゃ……わかってないね」

「うん、レイちゃんわかってなさすぎ」


 うんうん、と黒服の皆さんもうなずいてる。

 わ、私……バカで済みません……。


「まあ、なんにしても、レイちゃんがこれを着ることが、最大の宣伝、利益につながるわけ。だからお金は要りません」

「あ、あの……でもやっぱり……」


「あーもー! 要らない! 受け取りません! ノーマネー! それ以上言うと、泣いちゃうぞ。えーん……」


 !?

 な、泣かせてしまった……。い、いけない……。


「わ、わかりました」

「ん。よろしっ。じゃ、これ着て今度の休日は、ダブルデートねー」


 ………………はい?


「だ、ダブル……デート?」

「そ。うちの旦那と、レイちゃんの旦那。そしてあたしらの四人で、一緒に夜、食事しようってこと」

  

 なるほど、デートってそういう……。


「いいでしょ?」

「はいっ。楽しそうですっ」


 木綿ゆうさんたちとお食事……。楽しそう。


「しかも場所は、隅田川の屋形船です!」

「すみだがわ……? やかた、ぶね?」


「隅田川って言うのは、近くを流れてる川のこと。んで、屋形船っていうのは、あー……小型の船。その上で皆でご飯食べるの」


 つまり……クルージング!?

 王族や位の高い貴族さまがたの、趣味ときく。


「わ、私……」

「はーい、また私ごとき、とかいったらだめー。これにはあたしも、悟も参加するんだからねー」


 私は、一人だったら多分恐縮して、船に乗るなんてしなかったろう。

 でも……皆さんが一緒なら……。


「わ、わかりました」

「よっしゃ! じゃ、今度の休日ね。はいけってー!」


 ………………あれ?


「あ、あの……サトル様のご了承は?」

「え? あ、あー……うん。大丈夫。悟もOKだと思うから」


「でもちゃんと事前に了承を得ておかないと……。夜廻りがあるかもですし……」

「だーいじょうぶだって! じゃ、休日よろしく!」


 こうして、私たちは、六反園ろくたんその家のお二人と一緒に、隅田川の屋形船とやらに、乗ることになったのだった。

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