【Side】一条 悟



 俺こと、一条いちじょう さとるは、自動車に乗って、東都の中心……極東城へと向かっていた。


「…………」


 硝子がらすの向こうでは、ガス灯の明かりが、東都の夜を照らしてる。

 妖魔は陰の者。


 陽の光に弱いのだ。

 それゆえ、東都では夜の間も、ガス灯の光を絶やさぬようにしてあるのだ。


「はぁ……」

「どうなされましたか、悟様?」


 自動車を運転してる、使用人の一人……【百目鬼どうめき 真紅郎しんくろう】が、俺に尋ねてくる。


「レイとどうすれば仲良くなれるだろうか?」

「…………驚きました。まさか、ぼっちゃまが、女性に関心を示すとは」


 真紅郎が本気で驚いた調子で言う。

 幼い頃から、俺のことを見てきたからこそ、出てきたセリフだったのだろう。


「悟様は一条家当主。昔からいいよる女性の多いこと。けれど、その全てをひらりひらりと、交わし続けてきましたよね」

「ああ。家柄にしか興味ない娘なんて、お断りだからな」


 すりより、媚びへつらってくる娘は、大きく2種類に分けられた。

 一条家の財産、および権力に目が眩んだもの。


 そして、一条悟の美しい顔に惹かれたもの。その両方。


 どちらも、俺の外見や、彼の家柄など、持って生まれたものにしか興味がない連中ばかりだった。

 誰も、本当の自分を見て、惹かれるものはいなかった。


 そんな状況が幼い頃から続いたのだ。

 俺は、いつしか女性に対して不信感を抱くようになった。

 

 どうせどの娘も、自分の顔か、家にしか、興味ないだろうと。

 信じられる女性は母や、朱乃あけのたち使用人だけだだった。


 それ以外の娘なんて、どうでも良かった。

 そんな俺も年頃になり、結婚しなければいけなくなった。

 

 一条の当主して、次の代に、この家と異能を引き継がねばならなかった。

 極東王から、直々に命令がくだったのだ。妻を作り、子をなすようにと。


 最初、極東の女性たちが全国から押し寄せてきた。

 だが、俺はすべて断った。


 上述のとおり、俺は極東の娘らを信じられなかったからだ。

 お見合い話を全て断ると、今度は、西の大陸から妻を娶れと、王は言ってきた。


 西の大陸。つい最近、貿易を開始した、剣と魔法の世界の国。

 まあ、極東の女性より、自分のことを知らないやつのほうがいいかと、話を受けたのだが。


 後に、俺は知ることになる。

 西の大陸には、自分のあだ名である【極東の悪魔】が伝わってるとのこと。


 何人もの貴族の令嬢たちが、こちらにくる途中で謎の失踪を遂げていた。

 まあ、仕方ないだろう。誰も悪魔のところになんぞ、着たくないのだろうから。


 ……だから、サイガ家との婚約話がきた際に、俺はやってくる娘に対して、全く期待していなかった。

 どうせ、途中でまた謎の失踪を遂げるのだろうと。


 しかしやってきたのは、たいそう、変わった娘だった。

 驚くくらい、自分に自信のないやつだった。


 けれど、海坊主から、船員を守ってみせたのだ。

 そこに俺は、この娘は他の子とは違う何かを感じ取った。


 その後、悟俺はレイのことを知る。

 レイは悪い娘では決してない。


 異能殺しの力に、膨大な霊力を持ち合わせる。

 それでいて、その力を決して誇示しない。


 使用人たちを、街の人たちのように、【悪魔】と呼ばないし。

 本当にいい娘が来てくれたものだと、心から、感謝し、気に入っていた。


 そう、気に入っていた、だった。

 風呂上がりの彼女を見るまでは、そこまでの娘だったのだ。


「困ったな……俺は、あの娘に、好かれたいと今強烈に思ってる。あの子のもとへすぐに帰りたい、抱きしめたいと思っている。それと同時に、彼女を見てると体がこわばり、心臓が高鳴り、動けなくなってしまうんだ」


 俺は理解した。

 自分は、あの風呂場で彼女を見た瞬間、心を奪われたのだと。


「初めてだよ、本気で、女性に対し、異性に向ける好きという感情を抱いたのは」


 母・守美すみ朱乃あけのたちへの好きは、家族としての感情だった。

 こんなふうに、異性に対して、ドキドキしたり、その子のことが気になって仕方なくなってしまうなんてことは、なかった。


「ぼっちゃま、おめでとうございます」


 真紅郎が自動車を走らせながら微笑んでいる。


「やっと、守美すみ様以外に、愛する女性ひとを見つけられたのですね」


 真紅郎の頬から涙が伝う。

 彼らは皆、一条悟が辿ってきた過酷な運命を知ってる。


 だからこそ、嬉しいと思ってくれているのだ。


「俺は、レイのために、何をすればいいかな」

「そうですなぁ。とりあえず、目一杯、愛してあげてはいかがでしょう?」


「しかしな、その、照れてしまうんだ。レイがな、もう、驚くくらい美人になっていてな。まともに彼女を見られん。なあ、真紅郎。どうすればいい?」

「頑張れ、ぼっちゃま」


「いや、具体的な解決策をだな」

「こればかりは、当人同士の問題ですからね。頑張れとしか言いようがありませんよ」


 くっ、と俺は頭を抱える。


「仲良くなるためには、愛でる必要がある。が、そのためにはレイに近づかねばならないが、美しすぎて直視できん……どうすれば……」

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