第11話 一条家の人々 5



 風呂から上がったあと、私は大きな広間へと通された。

 

 畳の敷かれた大広間には、夕食が用意されていた。


 部屋の奥、上座という場所に、私とサトル様が座ってる。

 自動車の中のように、ぴったりと密着しておらず、少し間を空けてくださっていた。


 あのときの、私ごときの提案を、受け入れてくださったのだろう。


「姉ちゃん、サトル様なんか、変じゃなーい?」


 私の右前には、百目鬼どうめき姉弟が控えてる。


「そりゃそうでしょうとも。レイお嬢様のあまりの美しさに、もえてしまったのよ」


 どういう状態を指す言葉だろう。極東の言葉は、異国出身の私には難しい。


 み、見窄らしいって意味だったらどうしよう……


「こら、花嫁よ。また後ろ向きなことを考えていたな」


 隣に座るサトル様が、じろりと睨んでくる。


「も、もうしわ……」


 い、いけない。後ろ向きなことを言うと、き、キスされちゃう……


「まあ、なんだ。蒼次郎そうじろうたちの発言は、気にするな。戯言だからなっ」


 百目鬼姉弟は、にこー、と温かい目を向けてきてる。


「悟にいちゃんにも、春が、きたねぇ」

「春ねぇ。今まで恋愛なんて一度もしてこなかったしねぇ」


 まだ11月。普通に冬だった。

 どういうことなんだろう……?


「こほんっ。それより、レイよ。どうだ、夕餉は?」

「はい! とっても、美味しいですっ」


 私の前にはお膳が置いてある。

 そこには、白く炊いたお米、新鮮なお魚のお刺身、大きなタイの煮魚、等など。


 極東料理が並んでいた。

 生で食べる魚に、最初は驚いたけど、でも食べてみるととても美味しい。


 一口かむごとに、脂が滲みでてくる。

 

「おかわりもある。たくさん食べるんだぞ」

「よ、よろしいのですか?」


「もちろんだ。おまえは痩せすぎている。それもまた美しいが、しかしもう少し肉がついていたほうが、いい」

「なるほど、サトル様は肉感的な女性が好きということですね」


「まあそうだな……」


 サトル様のおそばにおいていただけるのだ。


 少しでもお見苦しくないよう、彼好みの女になれるように、頑張らないと。

 幸にして、極東の料理はどれも美味しい。


 言われずとも、たくさん食べてしまう。

 ああ、それにしても、このお米とお刺身の組み合わせは、どうしてこうも美味なんだろうか……


「美味そうに食ってくれて、ありがとうな。黒服たちも喜んでいるよ」


 うんうん、と黒服の皆さんもうなずいてくださってる。

 ふと、私は気づく。


 使用人さんも含めて、今、この場でご飯を食べている。

 サトル様もだ。しかしその服装が、ちょっと違った。


 着物から、黒い……なんだろう、軍服?

 西の大陸にも、マデューカス帝国という国がある。


 そこの、軍服に近い服を着ていらっしゃってる。


「あの、サトル様。お召し物が、先ほどと違うのですが。着替えたのですか?」


「そうだ。これから俺たちは、【夜廻よまわり】に出かけるからな」

「よまわり……?」


「夜でかけて、妖魔を狩る仕事のことだ」


 妖魔は、陰の気が最も高まる、夜になると、活発に動き出すらしい。


 妖魔のもとへ出向き、退治する仕事。

 それが、夜廻というそうだ。


「東都の夜廻には俺と、あと戦える使用人たちで行われる。今食事をとってるやつらがそうだ」


 サトル様と、使用人の皆さんが、これから妖魔退治に向かうということらしい。


「私も、お供いたします」

「…………は?」


 きょとんとするサトル様。

 こ、これはまた、私おかしなことを言ってしまっただろうか?


「だって……私の【異能殺し】の力が、必要なのではないのですか?」


 妖魔の力は異能の力とイコールだと、サトル様は以前おっしゃっていた。

 私には妖魔の力も打ち消すことができる。


「皆さんの盾となることくらいは、できます!」


 私はこの優しいお屋敷の皆さんの、盾となって、守る。これくらいしか、お役にたてそうにない……


「「「「危ないから、やめろ(てください)!」」」」 


 サトル様、百目鬼姉弟、そして使用人の皆さん、全員から反対されてしまった。


「わ、私が弱いから、役に立たないということです……?」

「「「「断じて、違う(違います)!」」」」


 じゃ、じゃあどういうことなのだろう?


「レイよ。おまえは大事な俺の花嫁だ。危険な夜廻になんて、連れて行けるわけがないだろうが」

「し、しかし! それでは私はお役に立てません!」


「まあ聞け。妖魔との戦いは、本当に危険なのだ」


 百目鬼姉弟もうなずく。


「命を落とすことも普通にあります」

「! な、ならなおのこと異能殺しが役に立つのでは……?」

「レイお嬢さま。なりません。行っては、あなたは格好の的にされてしまいます」


 的……?

 朱乃あけのさんの言葉に、サトル様がうなずいて、続ける。


「妖魔の体は陰の気でできてる。そして、よりたくさんの陰の気を摂取し、強くなろうとする性質があるのだ」

「えと、つまり?」


「女は陰の気を持つ。そして、レイ。おまえは通常の女性異能者よりも、はるかに多い霊力を持つ。やつらにとって、おまえは極上の餌なのだよ」


 霊力とは、男の陽の気、女の陰の気の総称、らしい。

 そして私には、膨大な量の霊力がある、らしい。


 霊力を求める妖魔たちにとっては、霊力タンクである私なんて、ただの餌。


 異能殺しの力を持っていても、戦闘経験のない私は、戦場にたっても狙われるだけになってしまう、と。


「わかり、ました。では……大人しく待っております」

「ああ。おまえが、聞き分けのいい娘で本当に助かった。華族の娘たちは、気の強い、わがまま連中が多く手を焼くのだが、おまえは違うな。本当に助かるよ」


 サトル様が微笑みながら、私を褒めてくださる。

 でも……私は、やはり何か、したい。しなければならない。


 この家に、置いてもらっていただいてるのだから。


「なにか、私ができること、ないでしょうか?」


 夕食を終えたサトル様が、頬をかく。


「あー……その……」


 もごもごも、とサトル様が言い淀んでいる。


「わ、私のような役立たずに、できることなんてないですかね……」

「違う! ああもう! おまえは本当に、自分の価値を理解していないなっ! 立て!」


 私は言われた通り立ち上がる。

 サトル様が何度も咳払いする。


 ……気のせいか、お顔が赤かった。


「レイ。俺に、抱きつけ」

「は、はい?」


 い、いきなり何を!?


「これは、儀式だ」

「ぎしき?」


「ああ。男の陽、女の陰。陰陽二つが重なることで、異能力は何倍にも強さを上げるのだ」

「! そうなのですね」


「ああ。五華族の当主どもは、その陰陽の力を使い、妖魔と戦ってきてる。俺は能力の性質上、他者と触れ合うことはできなかった」


 サトル様の異能、【霊亀れいき】は、体を包む強力な結界。

 そのせいで、他者と触れ合うことができず、女性の陰の気を取り込むことができなかったんだ。


 朱乃あけのさんが細く説明する。


「もっとも、悟様は最強の異能者ですので、陰陽がそろわずとも、他の五華族当主よりも強いですがね」


 他の方々が、陰陽を重ねて妖魔と戦うなか、サトル様はお一人の力で、妖魔を片付けていたのか。

 す、すごい……


「おまえという、特別な女を手に入れた今こそ、真なる俺の力が発揮できる次第」

「わ、わかりました。その、か、重ねるとは、どうすればいいのでしょう?」


 サトル様がなぜかフリーズしてしまう。

 えっと……?


 朱乃あけのさんが苦笑しながら言う。


「手始めに、いってらっしゃいのキスはどうでしょう?」

「ええっ!?」


 ……き、キスだなんて、そんな……!

 私なんかがキスをしたら、さ、サトル様が汚れてしまう!


 って、あれ?

 サトル様もなんだか目をむいてる?


「キスは早い。レイ。まずは、手を」

「あ、はい!」


 手を繋ぐくらいなら、私にもできる。

 彼が軍の手袋をはずして、私に手を差し出してくる。


 手を掴もうとする私の耳元で、朱乃あけのさんが囁く。


「……お嬢様。そのまま、悟様の手の甲にキスをしてください」

「えっ!?」

「いいからほら」


 朱乃あけのさんが背中を押す。

 よろけてしまい、その拍子に彼の手にキスをする。


「っ!?」


 サトル様がバッ、と私から離れる。


「ご、ごめんなさい! 不愉快にさせてしまい」

「い、いや大丈夫だ。それより……レイ。すごいぞ」


 サトル様を見やる。

 彼の体から、何やら、蛍火のようなものが立ち上ってる。


 それは、この広間を覆いつくさんがばかりだ。

 

「素晴らしいです、レイお嬢様」

「こんな霊力の跳ね上がりかた、みたことねーよー! レイちゃんすごーい!」


 どうやら、陰陽の儀式は成功したようだ。

 サトル様は嬉しそうに笑う。


「おまえがくれたこの力があれば、より早く、より多くの人を妖魔から救える。本当に、俺の嫁になってくれて、ありがとう!」


 サトル様の笑顔を見て、私は安堵の息をつく。

 このお方の、お役に立つことができて、とても、嬉しい。


「いってらっしゃいませ、サトル様」

「お嬢様、そこは、旦那様、ですよっ」


 朱乃あけのさんが何やら楽しそうに言う。


「いってらいっしゃいませ、旦那様」

「ああ、いってくる」

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