第2話 戦闘開始
前回までのあらすじ:
黒魔術師のマヤは師の遺志を継ぎ、
著名な冒険者や宮廷魔術師を多数輩出した
名門「ヴァレンフラム魔術学園」への
編入試験に挑戦する事となる。かつて学園で
教鞭を取っていた師が彼女に推薦状を
遺していた事もあり危なげなく最終試験に
漕ぎつけた彼女だったが、そこで挑戦者達に
課せられたのは3日間のサバイバル生活で
互いのメダルを奪い合うという、
ルール無用の実技試験であった。
ービオトープ・コロシアム 森林エリアー
ビオトープとは人の手で擬似的に再現された
自然環境と生態系を差すものである。
極端な例だが、庭に池を掘って金魚や鯉を
放つだけでもビオトープと呼べはする……
しかしここは西大陸でも有数の魔法学校。
設備も規模もそんなものの比ではない。
世界中の動物園が喉から手を出すどころか
手から喉を生やしてでも欲しがるような
広大な敷地で世界中からかき集めた数千種の
動植物を繁殖させる……生徒の為だけにだ。
オフシーズンになれば研究目的で一般解放も
行うとはいえ、この学校が人材育成にかける
熱意と費用は一般的なそれとは桁違いであり
創設者の信念と狂気が伺えるだろう。
「メダル、メダル、メダル……」
そんな敷地内を歩く者がひとり…マヤだ。
無論、国立公園や自然保護区が子供用の
プールに思えるような範囲を考えなしに
歩いている訳ではない……そんな者が
いれば一時間と持たずに他の挑戦者か魔物の
餌食となって絶命するだろう。
「うわっ!」
ふとマヤが疲れからか横に目をやると
何か凄まじいパワーで上半身を叩き潰され
挽き肉になった大型の齧歯類が木の幹に
へばりついていた……灰色の毛皮と
1.5メートル程度の丸々とした体躯からして
「フォレストホグラット」という雑食の
魔物である可能性が非常に高い。
齧歯類の長所である敏捷性を肥満体が
相殺しているのでそこまで強い魔物では
ないものの分厚い脂肪と筋繊維からなる
「肉のヨロイ」は中々の耐久度を誇り、
フォレストホグラットを一撃で仕留めるには
相当な攻撃力が必要な筈……マヤは無言で
杖を構え直し、深呼吸をした。
「スンスン、スン……」
マヤの嗅覚が前方に血の臭いを察知する。
僅かに地面が揺れ始めた……体躯の割に
体重は重く、気配を隠すつもりもない。
フォレストホグラットが相手なら苦戦は
しないだろうが、肉のヨロイによる耐久に
猪並みの体重と突進力を兼ね備えた猛獣、
それも仲間を殺されて気が立っているなら
決して油断は出来ないし、複数の場合は
相当の対策を取る必要があるだろう。
ガサガサ、ガサッ!
次の瞬間、分厚い茂みを掻き分けて黒く
大柄な影が飛び出して来る!
「どわーっ!」 「くっ!」
マヤは相手の大声に一瞬だけ身構えるが、
すぐさま警戒を解き胸を撫で下ろした……
自分と同じ挑戦者、それも手負いだ。
最初は二足歩行の猛獣かとも思ったが
どうやら熊の獣人らしく、筋肉量を強調した
簡易的な革ベルトを装備している……
先程の死体を作ったのはこの男だろう。
「よ、よかった……アンタも挑戦者だな、
やっとまともなのに会えた気がするよ。
俺はランディってもんだ、よろしく」
「あ、うん……私はマヤね。」
お互い場慣れしている上に緊迫した状況の
ため無礼を承知で挨拶は簡潔に済ませると、
マヤはランディの手を引っ張り助け起こす。
「で、ランディちゃん……その傷は誰に
やられた訳?ハッキリ言って君が負けるのは
私にとっても結構マズいと思うんだけど」
「あぁ……お互い敵じゃないようだし、
情報はしっかり共有しておくべきだな。
聞いて驚くなよ、この俺様をやったのは
今試験のダークホースと名高い、あの」
「死 ね え ぇ ぇ っ 」
ザ シ ュ ッ !
「はうっ」
ドスン
背後から凄まじい怒号が鳴り響いた瞬間、
ランディの背中の傷を縫うように巨大な
穂先を持った槍が飛来、彼の心臓を貫通して
一撃のもとに葬り去った。
「えっ?」
チリン、チリン……
血飛沫と同時に絶命したランディの装束から
金色のメダルと銀色のメダルが1枚ずつ
転がり、マヤの靴に当たって止まる。
「悪い事は言わねェ。それを渡しな、女ァ」
声の方を見上げると、獲物を仕留めた狩人の
ようにランディの亡骸を片足で踏みつける
ファー付きのコートを羽織った人間の男が
こちらを睨みつけている。
「あ…………」
「どうした、腰でも抜けちまったか」
明らかに実戦慣れした剣呑な雰囲気を放つ
男は、腹立たしげにマヤを怒鳴りつけた。
見たところ身体は細めだがそれなりに
パワーがあり、槍の重さに依存しているが
投擲能力自体も的確。
「えーっと……その……あー……」
マヤは相手とメダルを交互に眺めたのち、
男に対して愛想笑いを浮かべ……
ピン!
杖の先端で金色のメダルを弾き飛ばすと
空いた片手で空中のそれを素早く回収し、
「テヘッ」
くるりと背中を向けて一目散に駆け出した。
この間、なんと1秒足らず。
「な……死んだぞテメェェェェェッ!!」
タッタッタッタッ
獲物を横取りされ激怒、そのまま絶叫と共に
迫って来る相手に対し興味がないとばかりに
一切振り返らず足を動かすマヤ。
「おらああぁぁぁぁ!!」
ビュオンッ!
もちろん男も叫ぶだけではない……一連の
動作から敵の逃げ足の速さを察すると、
死体から槍を引き抜いて再び投擲!
「はっ」
シ ュ バ ッ
しかしマヤは何の勝算もなく賭けに出る
愚か者ではない。長年の逃亡生活で培った
鋭い勘と洞察力、反射神経、脚力。全てを
注ぎ込んだ渾身の跳躍を繰り出して槍を
回避すると、木の幹に突き刺さった槍の柄を
踏み台にして樹上に飛び移る!
「何ィ!?」
スタッ
「ばいばい」
タッタッタッタッタッ……
天に向かって吐いた唾が戻って来るように、
真上への投擲には危険が伴う。枝や蔦に
引っ掛かれば武器の回収は困難となるし
狙いを外して上空に到達した武器が強風に
あおられてあらぬ方向に飛べば見失う。
何より、この状況で上方向への攻撃は
他の挑戦者に自分の居場所を伝えてしまう
自殺行為になりかねない。
仮にマヤが剣士や騎士であれば、その場で
男を返り討ちにして更にメダルを奪うのが
最も英雄的かつ合理的な行動だろうが
魔女には魔女の戦い方がある。少なくとも
今回は相手の素早い判断を逆手に取った
マヤの作戦勝ちであった。
「クソがあぁぁぁぁッ!!」
周囲に男の慟哭が響き渡る中、マヤは
猿のように木々を飛び移って森を駆け
手に入れた戦利品をマルチバッグに入れる。
未だにウェストポーチとマルチバッグが
どう違うのか彼女には分からなかったが、
マルチバッグの方が名前の響きはいい。
「ランディちゃん、見ててね……」
人差し指で十字を切りながらマヤは祈る。
別に身体が液状になった訳でもないのだし
蘇生魔法を使えばすぐ治るのに、という
ツッコミは野暮だろう……少なくとも
人の死を踏み台にした事に罪悪感を
感じる程度には彼女は善良だった。
「って、結局名前聞いてなかったなぁ。
まあいいか、知らなかったら死ぬ訳でも
ないだろうし……」
しかしマヤはドングリを拾うだけが能の
臆病なリスでも、死骸に沸く蛆でもない。
時に屍肉も漁るが、邪魔する者は躊躇なく
食い荒らす飢えたハゲワシだ……怒号と
剣戟の音を頼りに手負いの獲物を捜し、
彼らの頭上を旋回して狙いをつけている。
そう遠くないうちに狩りを始めるだろう。
だが捕食者は一匹ではない。
ここは虎以上に残忍な二本足の野獣どもが
跋扈する無法地帯。生きる為の盗みや殺人は
その大半が許され、富と力を得る為ならば
泣いて詫びている敗者の皮を剥いで寒さを
凌ぐ事も厭わない野蛮人の巣窟だ。
そして彼らは、ランディの死によって
目覚めつつある。
ー同時刻、森林エリア某所ー
「足跡を発見。黒い皮ブーツ、底は鋼鉄。
電車内でマヤ・ローワンの履いていたモンと
おおむね一致します」
「ええ、心配せんで下さい……小娘一人、
距離詰めれば一瞬ですわぁ。それじゃ」
そう言って水晶玉の通話機能を切ると、
白いローブ姿の獣人はゆっくりと立ち上がり
耳まで裂けた唇の口角を上げる。
「あのマーサが死の間際に遺した
正真正銘、最後の弟子……そそるわ。
久しぶりにいい狩りが出来そうやな」
ー続くー
♦︎この男の目的は……?
キャラクター図鑑 No.2 「ランディ」
身長: 223cm 年齢: 16歳
出身地: エンディア自治領北部
種族: 獣人(ハイイログマ)
好きな食べ物: 鮭の煮付け
マヤやエイジ達と同じく編入試験に参加した
挑戦者のうち一人。故郷の寒暖差が激しい
過酷な気候とサケ漁で鍛えられた屈強な
肉体を活かしたタフなファイトが持ち味で
地元では後退知らずの喧嘩自慢で有名。
中型魔物の上半身を一撃で破壊するという
文字通りの「ベアーナックル」が得意技で、
パワーとスピードを兼ね備えた猛者だったが
序盤から派手に暴れ過ぎて目立っていた事や獣人にしては温厚な性質が災いし不意打ちを許してしまった事など様々な要因が重なり、早い段階で脱落する結果となった。
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