黒魔術の正しい使い方

@AHOZURA-M

第1話 台風上陸

⚪︎月×日 昼

はじめまして日記さん、私はマヤ!

弱きを助け強きを挫く(予定の)黒魔術師だよ。

拾ってくれたおばあちゃんが亡くなってから

少し経ったけど、元教師のおばあちゃんが

遺言状と一緒に超絶名門校の推薦状を

残してくれたので一次試験をすっ飛ばして

実技試験の会場に直で来ています。


今は理事長先生のスピーチが終わって

馬車で試験会場に向かってるところだけど

流石は名門校!移動中は全然揺れないし

なんとお紅茶が飲み放題!違いなんて全然

分からないけどエリート校だけあって

中々気前がいいじゃん、流石都会。


そもそもエリート校ってエリートを育てる

学校だからそう呼ぶの?それともエリートが

自分の子供を通わせる為に作ったの?

まあいいや…どうせすぐ分かるでしょ。



「あの……ちょっと?」


長い黒髪とは対照的な、不健康で青白い肌が

目を引くローブ姿の痩せた少女は日記帳を

ポケットにしまうと、声の主に振り向く。


「で、何の話だったっけ」


「紅茶の飲み過ぎで説明中ずっとトイレに

いたから先生方の代わりに要点を教えろと

ワタシに頼んで来たのは貴女ですよ?」


猛禽の類を思わせる細い目と直線状に

カットされた金髪が特徴的な美形の青年が

不機嫌そうに腕を組んでいる。口調とは

対照的に嫌味のない無難な香りの香水と

合金繊維が編み込まれた黄色のジャケットを身に纏っており、貴族というよりは生粋の

エリートといった印象だ。


「全く……故人に対して失礼なのは

承知していますが、そのマーサとかいう

ご婦人もどこに目をつけたのやら」


「ごめん……黒魔術学部が去年廃止されて

基礎魔法学の必修科目に統合されたって

話の後からショックで入って来なかった」


「まあ、貴女には気の毒な話でしたね。

元々が不人気だった上に邪神崇拝者じみた

カルト集団が各地で問題を起こしたせいで

魔女狩りが活発になってしまいましたから、

公の場では中々教え辛いのでしょう」


彼の名は蓮城れんじょうエイジ。

マヤと同じく編入試験を受ける挑戦者だが

学園都市に向かう列車内で彼女に絡まれて

以降、哀れにも懐かれてしまった男だ……

とはいえ、今の所そこまで険悪な関係には

なっていない。


「ありがとう……ていうか試験って

何すんだろうね。面接はもうやったし、

鎧着たダミー人形とスパーリングとか?」


「初等部や中等部ならまだしも、我々が

受験するのは高等部ですよ?それに

これは編入試験……既に下級冒険者の

ライセンスを持っている者や用心棒などの

実戦経験がある挑戦者も少なくない」


ガラガラガラッ!


「よし、17号車全員揃っているようだな!

全員降りて私の話を聞くように!」


エイジがそう言い終わった瞬間、馬車の

シャッター式ドアが勢いよく開き

眼帯をつけたエルフの女教官が挑戦者達に

外へ出るよう号令をかける。


「……わーお」


車外へ出たマヤは思わず声を上げる。

短距離間で人員を輸送できる手段としては

最上の部類に入る投下ポッドがずらりと

並んだ試験会場はまるで宇宙ステーション。

床材には百貨店や高級料亭で見かけるような

アンモナイトの化石が使われていた。


学園都市行きの送迎用列車も豪華だったが

あくまでそれは機能性より伝統や品格を

重視したもの。しかしこの投下ポッドは

軍用飛空艇の脱出装置として採用されている

最新鋭の技術だった。恐らく試験会場まで

向かう為の設備だが、遠方からエリート達が

足を運ぶのも納得という訳だ……


しかし、マヤが驚いたのはそこではない。

彼女と同じタイミングで馬車を降りて来た…

つまり最初の筆記試験と面接を突破、

或いはOBや出身校の理事長などから直々に

推薦状を受けてやって来た挑戦者たちだ……

一次試験や面接で顔を合わせた挑戦者よりも

明らかに平均的な練度レベルが高い。


試験前の緊張した雰囲気の影響もあるのか

真剣な面持ちを浮かべる者や殺気立った者が

圧倒的に多く、愛や平和、団結といった

言葉とは全く無縁の野蛮で狡猾なオーラが

辺り一面に充満している。


「これより試験の説明を開始はじめる!皆、心して聞くように!」


チリ……ッ


「ん?」「なんだこれ」


眼帯の教師が指を鳴らすと挑戦者たちの

頭上に小さな魔法陣が展開され、学園の

校章が刻まれた小さな金色のメダルが

各人につき一枚ずつ落ちて来た。


「最初に試験を受ける者にはこの金貨を

進呈するッ これを諸君らの命と思え!」


「ううん どういう事だ」


唐突な展開と穏やかではない説明に驚いた

挑戦者の一人が、思わず疑問を口にする。


「よく聞いてくれたな……諸君にはこれから

このメダルを集め、数を競って貰うのだ。

そして、今ここに集いし精鋭の中から更に

この学園に相応しい人物を選定するッ」


「同率入賞を含めた上位50%の生徒は

晴れて合格、更にその下の10%は補欠合格、

それ以外は残念ながら不合格だ……」


「何だよそのルールッ 挑戦者同士で

メダルを巡って殺し合えってのかあっ」


「兄弟や親友と一緒に参加してる奴だって

いるんだぞっ 八百長だってあり得るだろ」


当然のように疑問や指摘が飛ぶが、

試験官は慣れているのか拡声器の電源を入れ

更に解説を続ける。


「勿論、その辺りも勘定に入れてある……

試験会場となるビオトープ・コロシアムには

予め大量の魔物を放っているが、コイツらは

強さに応じた数のメダルを持っているのだ」


「成程……例え即席のチームでも連携して

メダルを集められるだけの実力と協調性を

持ち合わせた連中が生き残る訳か」


「いや、そうとも限らないぞ?」


「「なにっ」」


生徒の見解を聞いた試験官が、突如として

意地悪な笑みを浮かべ、挑戦者たちの間に

決して小さくないどよめきが起こる。


「仲間同士、協力するのは非常に大事だ。

だが挑戦者同士の奪い合いも許可する……

棄権した相手に対する故意の殺傷以外は

全て許されると思ってくれていい」


「な……なんだあっ」「面白くなりそうだ」


「うえぇっ 怖いよぉーっ」


試験会場の人だかりから様々な声が上がる。

認識は人それぞれだが、この場にいる中で

油断している挑戦者だけは一人もいない。


「これから3日間でより多くのメダルを

集めた者の半分を合格とさせてもらう。

ビオトープ・コロシアムへの入場は

投下ポッドで行う……武器は一人2つまで、

飛び道具は許可されたもの以外持込禁止だ。

他に質問がある者は?」


ここが一般的な公立魔術学園ならば

教官のスリーサイズや恋人の有無などを

尋ねる愚か者が一人は存在するだろうが、

ここは西大陸でもトップクラスの環境で

実戦的知識を学べる名門校……そのような

質問は蛮行と看做され排除、仮に合格しても

和を乱す存在として徹底的に矯正される。


「では番号で呼ばれた者は前に出て

投下ポッドに乗り込むように!以上!」


「ダスティ・マカロン、32番……

ユリア・プラジデン、54番……

アクルス・ノースタイルズ、66番……

バラバン・バルガー、70番……」


「エイジ・レンジョウ、76番……

エンビー・メイン・フリント、81番……

グラント・スターバック、84番……

メクシィ・ラミュード、96番……」


「では、失礼します……長いお付き合いに

なる事を祈っていますね、マヤさん」


「……うん、頑張ってね」


エイジはそう言ってマヤの前から去った……

彼女にとっては花の大都会で出来た初めての

友人、敵にならない事を祈るばかりだ。

挑戦者が次々と球形の投下ポッドに搭乗し

着々と戦闘準備が整う中、マヤは師の

形見である杖と愛用のナイフを握りしめて

自身の使命をもう一度思い出す。


魔女狩りから逃げるように住居を転々とし

栽培したマンドラゴラやキベペオを

闇市場経由で道具屋に卸し生計を立てる

日々……迫害されても反撃は許されず、

身分を偽り続ける生活に嫌気が刺し

彼女が寿命で死ぬ頃には5人いた弟子は

次々と出奔し、最後はマヤ1人となった。


姉弟子たちの身を守るために葬式と

埋葬はマヤ一人で行い、手紙も出せない。

黒魔術師の大半は薬剤師や魔術医として

活動しているが、毒や生命力を操る関係上

吸血鬼信奉や邪神崇拝に傾倒する者も

少なくない。ある意味では現在の評価も

正しいと言えるだろうが、常に人の為に

尽くし黒魔術の正しい知識を伝えて来た

師が自分以外の誰にも知られずに余生を

終えてしまったのは余りにも惜しい。


せめて、大手を振って歩く事は出来ずとも

人並みに恋愛をし、自分の仕事に誇りを持ち

黒魔術師というだけで街中で刺されるような

事もない幸せな人生を同胞に送って欲しい…

生前、彼女が口癖のように言っていた台詞。


マヤは事故で死にかけているところを

師に拾われ育てられたが、黒魔術師として

生きる事には喜びすら感じていた。

他の道を考えた事もあったが、腐り朽ちた

自分の手脚を治してくれた彼女の姿が

どうしても忘れられなかった。


師を超え、仲間を増やし、黒魔術師として、そして英雄として未来永劫歴史にその名を

刻むことで同胞を救う……その為に

血の滲むような修行と探究を重ねて来た。


キイィィィン…… ス ウ ッ


ポッドの魔力炉が起動し、ランダムに

指定された投下ポイント目掛けて高速で

レールの上を滑りながら射出される。

内部は密閉されており音は聞こえないが、

マヤは脊髄が剥き出しになったような

寒気と緊張で身体を軽く震わせた。   


(おばあちゃん、私頑張るからね……!)


更なる暗黒に向かう落伍か、それとも

英雄に至る飛翔の始まりか……ともかく、

賽は投げられた。投げられてしまった。


   ヒ

    ュ

   l

    ッ


ガ コ ン ッ 


「わっ」


飢えたハヤブサが獲物に迫るような勢いで

窓の溶接された金属塊が急降下し、地面に

クレーターを作りながら着陸する……

いや、挙動からして墜落というべきか。


だがこの程度の衝撃では強靭な外部装甲と

耐震建築にも用いられる最新鋭の緩衝材を

破壊し、搭乗者を傷つける事はできない。

つまり事故ではなく仕様なのだ。


「あー、びっくりした……」


マヤが恐る恐るポッドの扉を開けると、

目の前に緑豊かな森林地帯が広がる。



「よし……行くぞ!」



今ここに立身出世とプライド、命を掛けた

争奪戦が始まり、自称黒魔術界の新星が

数々の英雄譚の始まりの地でもある戦場、

ビオトープ・コロシアムの土を踏んだのだ。

果たして、勝利の女神は彼女に微笑むのか…



ー続くー




キャラクター図鑑No1:「マヤ」

身長: 147cm 年齢: 推定17歳 

出身地: ???? 種族: 人間

好きな食べ物: 幼虫のゼリー寄せ


本名マヤ・ローワン。

「山狐」の異名を持つ大黒魔術師マーサ

最後の弟子にして黒魔術界の救世主(予定)。

空から降って来た「鉄の鳥」と呼ばれる

構造物の内部で瀕死状態のまま発見され、

マーサに救助された後は黒魔術を学ぶため

彼女の元で数年間修行を積み、死別後は

師の遺志を汲んで学園都市に渡る。



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