そこに を――

@786110

そこに を――

 人は、言葉のために死ぬ。

 国や家族、愛する人など。

 思い描く対象は、人によってさまざまだ。

 しかし、言葉の呪縛から免れることはできない。

 ……そんな世界が、嫌いだ。

 想像によって生み出されたはずの言葉に想像が規定されるなんて、間違っている。

 どうせ死ぬのなら、自分にとって最も尊い何かを、言葉にすることなく、想像するだけに留めて逝きたい。

 こんなことを言うと、周囲の人たちは皆、決まって僕のことを嗤う。

 言葉がなければ文字通り意味がないじゃないか、と。名前の大切さを理解していないのか、と。

 そんな彼ら彼女らの台詞には、とうの昔に聞き飽きてしまった。

 物心ついた頃から、言葉には嫌悪感を抱いていたのだ。

 言葉の蔓延るこの世界は、僕の生きるべき場所じゃない。

 ……本当に、よくここまで我慢したと思う。

 特別に幸福だったわけでも、不幸だったわけでもない。

 言葉を毛嫌いしているにも関わらず、それを平然と用いているという自己矛盾に苛まれ続けた結果、自死を選ぶことにした。ただそれだけのことにすぎない。

 強風の吹く寒空の下、五十メートル以上はあろうかという高さのマンション、その屋上から、恐怖心を殺して仰向けに飛び降りる。

 想い、描く。

 そこに、 を――

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