第7章 ぼくのこと
第7章「ぼくのこと」
僕は友達がいなかった。
初めて出来た友達には手酷く裏切られ、後に僕を傷付けるために友達になった振りをしていたことを知った。
僕には家族がいなかった。
幼い頃に両親を一家心中で亡くしていた。なんで僕だけが生き残ったのか今でも意味が分からない。
僕には恩師がいなかった。
当たり前のように学校に行くのを止めた。
僕には恋人がいなかった。
出来るわけもなかった。
凡そ人が忌避するであろう負に次ぐ負の連鎖で、僕の心は完全に死んでいた。生ける屍。死ぬために生きていて、生きているように死んでいた。
そんな時だったんだ、僕の前に彼女が現れたのは。
艶めき流れる黒髪、整った顔立ち、美しい肢体。
参月綾音。
彼女はクラスで一番目立った途端に一番腫物扱いされた。
幽霊心霊超常現象、逆に見目がよかっただけに煙たがられたのかもしれない。
もっとも、彼女は露程も気にかけていなかったが。
僕は理由を作って彼女と行動を共にするようにした。
彼女の言う事の真偽がどうとか正直興味はない。
弾かれ者同士、仲良くできるかもしれないなんて言う淡い期待だった。
この際だ、正直に話そう。
僕は彼女、参月綾音のことが好きだ。
今までの肥溜めのような自分の人生を全て投げ打ってでも、彼女のために持てる全てを使いたいと思うほどには。
しかし、繰り返すが僕には何もない。
価値も、名声も、経歴も、偉業も、凡そ僕と同年代なら持ちうる何もかもを僕は持っていない。
だから、そんな歪んだ価値観の僕だから。
そんな色眼鏡で見るから。
僕は参月綾音に『普通』であって、同時に『風変り』であってほしかった。
参月綾音自身が困らないように『普通』に、僕も隣を歩けるように『風変り』に。そういった二極性が、参月綾音には必要だ。
僕は、変わらない、変われないから。
参月綾音には、『風変り』であってほしかった。
しかし、その実、参月綾音は『特別』だった。
彼女を煙たがっていたクラスメイトとも一週間としない内に打ち解け、今では一緒に昼食を食べる仲。
そもそも『普通』や『風変り』などという二択で参月綾音を分類しようというのが誤りなのだ。
彼女は何もかもを持っていないようで、何もかもを持っていた。
僕とはまるで住んでいる次元が違う。
かといって、諦められるほど、僕は出来た人間じゃない。
参月綾音が証明してきたことを何とか否定できないかと、僕は躍起になった。否定して、それを覆すためにまた参月綾音が僕を見てくれるなら、僕はそれでも構わない。
参月綾音に嫌われていてもいいのだ。
参月綾音にとって僕が『普通』でなく『風変り』であればいい。
『特別』などになりえないことは、わかっている。身の程は弁えている。
参月綾音にとってどこにでもいる他人Aにならなければいい。
僕はどこまでも『風変り』を装ってきた。
…でも。
もうそろそろそれも限界みたいだ。
彼女はあの世に、三途の川に落ちてしまった。
と、言う事は恐らく見てしまっているだろう、僕にとっての不都合な現実。
もうこれでおしまいかな、そう思うと頬を涙が伝った。
しかし悲しさはない、胸に去来するのは圧倒的な虚しさ。
言う時が来てしまったようだ、参月綾音に、ずっと言おうと思って言えなかったこと。
言ったら僕が『風変り』ではなくなってしまうこと。
地面に、亀裂が走る。
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