第5話 千紗のアイデア
「もちろんだよ、」白銀先輩が笑った。「藍甕にもそれぞれ個性があるから、調整しながらやらないとね。」
「藍甕の…個性?」少し困惑した。
「人みたいに、」彼女は神秘的にウインクした。「時には優しくした方が、いい結果が出ることもあるんだよ。」
染液が揺れるのを見て、彼女の言いたいことが少し理解できた。これは単なる技術ではなく、染料や布、そして時間との対話のようなものだった。
「あと最後の一回だ…」千紗はつぶやき、額から滴る汗が床に落ちた。
すでに二時間以上が経過し、教室の空気は一層蒸し暑くなっていた。みんな疲れ切った表情を浮かべていたが、誰一人として諦めようとはしなかった。布の色はかなり深みを増し、夕暮れの空のように見えていた。
「絞り染め?」白銀先輩が突然、私たちの背後に現れた。
「完璧ではないけど、」千紗は首を振りながら答えた。「違う方法で折りたたんで、染料の層を工夫すれば…」
「面白いね、」白銀先輩は考え込むように言った。「でも、毎回の染色時間と折りたたむ位置をしっかりコントロールしないと…」
「私も試してみてもいいですか?」千紗が期待に満ちた目で尋ねた。
「もちろん、」白銀先輩は笑顔で答えた。「でも今日はまず、この布を完成させましょう。」染液に浸かっている布を指さしながら言った。「タイマーがもうすぐ切れますよ。」
「わあ!」
千紗は手際よく新しい可能性を探し続けていた。その姿は少し滑稽だが、同時にとても可愛らしかった。
「柊原くん、」慎重に布を取り出しながら彼女が言った。「後で…私の実験を手伝ってくれますか?」
「今日はこれでクラブ活動は終わり、」白銀先輩が窓の外を見ながら言った。「もうすぐ日が暮れるね。」
他の部員たちは疲れ果てて言葉も出ず、黙って道具を片付けていた。いつも元気いっぱいの千紗も椅子に座って息を切らしていた。
「そうだ、」中島先輩が突然言った。「藍甕の掃除を…」
「私たちが片付けます!」千紗はすぐに手を挙げ、目が再び輝いた。
「え?」声を出そうとしたその時、彼女が新しい染め方を試したいと言ったことを思い出した。
「それじゃあお願いね、」白銀先輩が意味深にこちらを見つめながら言った。「でも遅くなりすぎないでね。警備員さんが九時に見回りに来るから。」
他の部員たちが全員帰った後、教室は一気に静かになった。夕陽が床に長い影を落とし、藍甕の表面に浮かぶ「花」が夕暮れの光の中で金色の微光を放っていた。
「見て!」千紗がしわくちゃになった紙を取り出し、様々な折りたたみ線が描かれていた。「こう折って、そしてこう…」
「待って、」彼女のスケッチを見ながら言った。「こんな感じだと、染料が均一にならないんじゃない?」
「そうだよ!」彼女は興奮しながら答えた。「不均一さを利用して、見た目を…」
「波紋みたいに?」
「うん!」彼女はうなずいた。「それに、布の織り目に合わせて…」
手を動かしながら説明する姿を見て、思わず笑ってしまった。さっきまで疲れて動くのも嫌だったのに、新しいアイデアの話になると疲れを忘れてしまう。
「じゃあ、」袖をまくりながら言った。「どこから始めよう?」
「本当に?」彼女の目が輝いた。「手伝ってくれるの?」
「どうせ残ったんだし。」
「やった!」彼女は喜びで一回転しようとしたが、すぐに止まった。「あ、でも…私ってちょっとわがままかな?」
夕陽が彼女の輪郭を暖かなオレンジ色に染め、髪の先まで光っていた。
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