傷喰らいと華風の剣客

転寝

第一話 華と傷〈起〉

その少女、桜華おうかは腕の立つ剣士なのだが、あてもなく流浪する彼女が満足に剣を振る機会はそう多く無い。

路銀を稼ぎながらその日暮らしをする毎日だ、空腹はつきものだし、病気や怪我は自然回復に頼るばかり。少女一人の旅とは思い難いほど、道のりは過酷を極めている。


しかし彼女は、草原に吹く風のように、あるいは海原を流れる潮のように旅を重ねる。美しく壮大な自然、儚くも巡りゆく四季の数々、世界を包みこむ多くの神秘。彼女は故郷より外に出会いを求めた。


彼女の旅に終着点はない。

流浪こそが彼女の夢であり、人生なのだから。








極東大都市 神ヶ鳴かんがなり


流石は極東随一の街だ、繁華街の両脇にはずらりと露店が並んでいる。雑貨商もちらほら見えるが、その多くは食べ物屋だ。芳醇な肉の香り、華やかな果物の香り、そして酒の匂い。ここ数日は川魚ばかりを口にしてきたもので、味が濃いモノを何か一ついただきたいところだが、生憎と目的を先に済ませねばならない。


大通りを抜けて少し進んだ路地に目的の鍛冶屋が見えてきた。店に入ると、奥で大柄の男が鉄を打っている。


「すまないが、ちょっと良いかね。」


声をかけると店主はすぐこちらに気づき、汗を拭きながら出てきた。


「嬢ちゃん、悪いんだがうちは紹介制だ。」

「もちろん知っておる。隣町のキリヤという爺から、これを渡せば良いと言われたのだが。」


店主は手紙をさらりと読むと、すぐにこちらに向き直し、少しばかり顔を緩めて続けた。


「親父が世話になったようだな。例を言う。」

「構わんさ。こちらも頼みたいことがあったのだ。」

「その腰の剣のことか?」

「話が早いね。」


カウンターに剣を置くと、店主は丁寧な所作で剣を手に取った。

剣は見るからにボロボロだ。無理もない、ろくな手入れもしないまま長きにわたり旅を共にしてきたのだ。よくぞここまで持ってくれたという気持ちでいっぱいだ。


「どうだね、修繕できそうかい?」

「刀身は龍の鋼骨こうこつ、それもかなり上質なもので作られているな。完全に修繕するなら、龍の素材が必要だ。」

「なるほど。近場に龍はいるかね?」

「いるにはいるが、討伐隊の管轄だ。正式に依頼を受ける必要がある。」


なるほど、討伐隊か。つまりは政府管轄の軍が龍殺しを管理しているというわけだ。

龍は一部の例外を除いて狩猟難易度が高い。大事故につながる可能性を考慮しての対策なのだろうが、思惑はそれだけではなかろう。


「商人が政治に介入してるのか。」

「ご明察だ。悪いことばかりでは無いがな、鍛冶屋としては商売上がったりさ。」


龍の素材は高く売れる。政府の懐事情と密接に関与していると見て間違い無いだろう。

やれやれと肩を落とす店主の店は、経営は成立しているのだろうが、間取りの割に雰囲気がどこか暗く品揃えもまちまちだ。かつてはもっと活気があったのだろう。

極東の大都市、神ヶ鳴の別名は"金ヶ鳴かねがなり"。聞く話では、この街は金があれば大凡なんでも買えるらしい。

他の都市では入手にも一苦労する希少で高価な素材の数々が、横一列に並べられ値札が張られる。


「必要なのは技術ではなく金か。読んで字の如く、金が鳴る街だな。」

「まぁ、悪いことばかりじゃないさ。とにかく、今の時点では修繕は受けられない。様子からして、龍の素材を今すぐ買えるわけじゃないんだろう?」

「わざわざ言わんでも良かろうよ。」


店主は軽口に微笑みを浮かべると、サラサラとメモ書きを嗜めた。親父さん譲りの綺麗な字であった。


「必要素材のリストだ。準備が出来たら立ち寄ってくれ。先の件の礼だ、費用は無償で受けてやる。」

「ほう、それはありがたいな。どれ、龍の素材をどう拵えてやるか、考えるとしよう。」

「念の為に言っておくが、龍を勝手に狩るんじゃないぞ。政府に目をつけられる。」

「面白いこと言うじゃないか。私が龍を狩れると思うかね。」


店主は面白そうな顔を浮かべると、預けた剣をこちらに戻して言葉を紡いだ。


「狩れるだろうさ。あんた、華風はなかぜ剣客けんかくだろう?」


店主の言葉に少しだけ驚き、ほんの少し時間が止まった。

まったく。こんな遠くまで歩んでも、その名は私に追いついてくるのか。


「……また来るよ。無償で引き受けると、確かに聞いたからな。」


続けて微笑んでいる店主から剣を受け取り、足速に店を後にした。

深紅の残光を残す黄昏の空が、少し煩く感じられた。

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傷喰らいと華風の剣客 転寝 @otomodachi_uta

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