我が愛しのマドンナ~中世推しの娘(こ)物語~
荒川馳夫
第1話
どう書くべきだろう?
私は大通りの長椅子に腰かけ、右手に筆を、左手に紙を持って、自分と格闘していた。
愛を詩にする。
言葉にすれば、これだけの字数で済む。
けど、想いを言葉に乗せて、それを正確に記すとなると途端に難しくなる。
ああ、一体どうすれば……。
「おーい」
そんな時に、私はこれまでに数え切れないほど耳にした男の声を知覚する。
「ロベルト、あとはお前だけだ。ほれ、選んでくれ」
そう言うと、彼は私の視界に一枚の紙片を見せてきた。『トレヴィッツォ美人番付』と表題が記されていた紙片を。
表題の下には三十名の女性の名、それも私が住まうトレヴィッツォの名家出身の女性ばかりが名を連ねていた。その右横には空白がある。
「ロベルトは誰を選ぶんだ?」
「そりゃ、ユリアちゃんだろ?」
「いや、僕の一押しのマリアちゃんを選ぶさ」
「分かってねえな。ロベルト君は必ずやアントニア様に清き一票を投ずるさ」
いつしか私の周りには男達が群がり、皆が私の
自分の推す女性の名前の右横にチェックマークを入れろ、と言いたげな視線を。
私は狼狽した。どの女性に投票しても誰かからの非難を蒙りそうだったから。
昨年度まで私の生家は平民だった。そのため、トレヴィッツォの貴族男性のみが参加する
それが、父が貿易業で大成功を収めた結果、トレヴィッツォの貴族に列せられたことで大きく変わってしまった。
トレヴィッツォでは年度毎に財産目録を作成するのだが、その項目の一つに「貴族として認められる最低限度額の資産」に関する規定がある。父はその最低限度額を僅かに越えたために、今年度から晴れて貴族の一員として認められたのだ。
その結果、私も貴族の子息になったのだが、こうなると貴族としての付き合いもしなければいけないことになるわけで……。
その一つが今渡された『美人番付』だ。貴族男性は参加が推奨、いや、実質強制参加させられるこの行事には、その年一番の美人を決める意図があった。
これはいわば、貴族男性達が不定期に開催する女性の品評会だ。
正直、下品としか言いようがないが、私とて今年度から貴族の一員になったのだから参加しないのは無作法というもの。
仕方ない。投票しておこう。これも付き合いと割り切るしかない。
そう思った私は手渡された紙に目を通そうとした。と、その時。
「あら? どうしたの? 美男子達がロベルトに群がっちゃってさ」
私にとっての
「ビーチェちゃん! 今ね、ロベルト君に投票をお願いしてたんだよ」
「ああ、アレね。興味ないなあ。そういうの」
彼女は貴族の女性らしからぬ幼い少女のような声を作りつつ、私の両目一杯に映り込んできた。周囲の男達は彼女に道を譲ったらしい。
「たくさんの人に『美人だ!』って思われなくたっていいじゃん。それよりも、たった一人の男から『世界中の誰よりも君を愛してる!』って言われる方があたしは嬉しいもの!」
「あ、あの」
「何? ロベルト?」
「顔が近すぎる」
「なんで? 物心ついた時からこんな感じに顔近づけたりしてたじゃん」
「それは昔の話」
「そんなの関係ないわよ。あたしとあなたが一八歳だからって顔を近づけちゃいけない決まりでもあるの?」
「……ない」
「じゃあ、問題なし! パパに後で確認するけど多分大丈夫なはずよ。『幼馴染が大人になったら、息がかかるくらいの距離まで顔を近づけてはならない』なんて法を、法務長官のパパが制定するわけないんだから!」
私は困り果てた。男達からは「早くチェックを入れろ!」と急かされ、一方でビーチェ――『美人番付』にその名がある彼女はまくし立てるように話すので、記入か会話の中断かで迷ってしまったのだ。
「あ、ごめん、ロベルト。あたし、喋り過ぎちゃってた?」
「うん、そうだね」
「じゃ、あたし、友達のところに行ってくる。またね」
ようやく彼女から解放されると思った私は、これでようやく記入できる、と思っていた。だが、彼女は立ち去るかと思えば、くるりと私の方に振り向いて、
「ね、あたしに入れてくれるわよね? だって、誰もあたしに投票してないんだもん! まさか、あたしをゼロ票にはしないでしょ? ほら、幼馴染票ってことで一票入れといてよ!」
と言い残していった。その直後、私は男達からの刺すような目線に戦慄する。
誰に入れても、結果は同じ。
推しに入れてもらえなかった奴からは絶対にあれこれ言われるのだ。
だったら……。
私は投票した。
「誰にも投票しない」という欄を作り、そこにチェックを入れたのだ。
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