第47話 三つの怪異に隠された動機

 なお、首吊り鬼事件の首謀者である陳道仁と楊烈は、一命を取りとめている。

 しかし、意識を取り戻した彼らは錯乱しており、自分たちが雷に打たれたのは天罰だと本気で信じこんでいた。

 悪因悪果、悪業は来世に及ぶ——そう恐れた彼らは、これまでの悪行をすべて白状し、自ら国王に処罰を求めた。

 よって、陳道仁たちには国王から相応の罰が下るだろう。


 もちろんだが、王太子と陳道仁の娘との婚約話は破談となり、陳道仁も役職を解かれた。

 しかも、陳道仁の罪の告白のなかで、かつて中書省の郎中であった張文彬失脚の真相も明らかになった。張文彬の失脚は、陳道仁の裏工作の結果だったのだ。ちなみに、彼が張文彬の屋敷への引っ越しを急いだのは、隣屋敷に住む第二王子の凌翔宇に近づくためだったらしい。

 こうした事実が露見し、張文彬は中書省への復帰を許された。

 また、幽霊さわぎを起こして段家の預かりになっていた張文彬の息子も、彼の復職にともない、元の生活に戻れる運びとなった。妹の結婚式にも埋酒を手に参列できるだろう。

 一方、陳道仁の一族は、家長の罪が連座制となり、都から追放される予定だ。


 ところで、楊烈の取り巻きたちのなかには、江若雪の姿を見たと証言する者もいた。しかし、彼らは首吊り鬼の狂言を企てた一味であり、証言に確かな裏付けはなかった。たとえ実際に見ていたとしても、それは妄想か白昼夢だろうとされ、真剣に取り合う者はいなかった。


 杜天佑が考えをめぐらせるなか、段志鴻は「それにしても」と顔をしかめて首をかしげた。


「陳道仁はなぜ、大勢の罪のない人々を首吊り鬼に見せかけて殺す必要があったんだ? いくら楊烈が血の気が多い人物だと言っても、やりすぎだと思うのだが」


 この疑問には、杜天佑も同感だった。首吊り鬼事件に関する陳道仁の供述を、彼は思いだす。


 食客である武人の楊烈に、陳道仁は王太子の命を奪うよう命じた。

 ところがだ。王太子は、よく独りで出歩くが、病気がちなのを心配した側近の段志豪がすぐに彼を探し当ててしまう。なかなか王太子を仕留める機会に恵まれず、血の気が多い楊烈は、いらだちまぎれに目撃者や通行人を、何度か殺傷してしまった。

 事件の発覚を恐れた陳道仁は、死体検案書を入手して現状を探った。そこで楊烈が関わった殺しの遺体検案書に『鬼求代』の記述を見つけ、彼は楊烈の殺人を怪異のせいにしてしまおうと考えた。ただ、鬼求代よりも、首吊り鬼のほうが耳なじみがいい。彼は、楊烈に『目撃者を殺害する場合は、首吊りに見せかけろ』と指示したのだそうだ。そして、この企みは想像以上に成功した。多くの人々が首吊り鬼の犯行と信じ、王太子は廃太子寸前の状況に陥ってしまった。

 陳道仁の供述から、楊烈の初期の事件は、首吊り鬼として処理されていないと発覚。楊烈の手にかかった被害者の人数はさらに五人増え、最終的に十五人にものぼった。


 段志鴻の疑問に答えたのは、やはり雷嵐だった。彼は迷いのない口ぶりで「万が一の代替手段だ」と言い、返答した。


「陳道仁が王太子を亡き者にしたかったのは、まちがいない。だが、怪異事件を起こすだけでも利点があると、あの男は気づいたんだ。この気づきは、凶宅や命が宿る絵にも関わりがある。首吊り鬼のたくさんの犠牲者、凶宅さわぎ、命が宿る絵。これらに共通する利点に気づけば、自然とわかるはずだ」


 ここまで話して言葉をきった雷嵐は、謁見の間に集まった面々を見まわして質問する。


「王太子が破迷司を設立したのは、なぜだ?」


 この問いに答え損なう者は、この場にはいない。質問する意味すらないと感じたのだろう。憤然として段志鴻が「そんなの決まってる!」と声をあげ、答える。


「怪異事件の頻発を理由に、王太子殿下の廃位をねらう政敵を黙らせるためだ!」


 断言して、すぐだ。段志鴻は「あ! そうか!」と、さらに大きな声をあげた。

 杜天佑もさすがに気づく。


 要するに、怪異事件が起これば起こるほど、現王太子の凌靖宇を廃太子にする口実が増えるのだ。


『そもそも、どうして陳道仁が首謀者なんだ? 王太子妃候補の父親だぞ?』


 雷嵐の質問の意図がわかったと同時に、以前に答えられなかった質問の答えも、杜天佑にはわかった気がした。


 ――陳道仁が王太子の味方なら、屋敷に幽霊が現れても黙っておくし、絵に命が宿るなんて噂になる詐欺もするはずがない。もちろん、首吊り鬼なんて怪異事件の被害者は、少ないほうがいい。なにもかもが彼の建前とは反対で、王太子に不利だったから、雷嵐は怪しんだんだ!


 全員が同じ結論に達したにちがいない。この件に関して、追及する声はもうなかった。

 王太子が「それにしても」と口にし、話題を変える。


「まさか雷が落ちるとは。火事にならなかったのも幸いだった。あの落ち方は、まるで罪人を狙い撃ちした天罰のようだった」


 立場さえ許すなら、意外と怪談奇談に興味があるのかもしれない。陳道仁たちに落ちた雷の話をする王太子は身を乗りだし、好奇心に満ちた目をしている。

 すると、段志鴻が「陳道仁は、おかしくなっているので真実かはわかりませんが」と前置きし、王太子の話にくわわった。


「陳道仁が九天応元雷声普化天尊があらわれた、と騒いでいるそうです。しかも最近、首吊り鬼の流言の広がりを危惧した道士たちが雷法の儀式を行っていたんだとか。彼らの儀式が成功し、雷神が犯人に天罰を下したと評判になって、儀式を行った道観は参拝者が増えたそうですよ」


「それは興味深い!」


 段志鴻の話に、王太子は浮き足立つ。

 今にも出かけてしまいかねない様子の主人を見て、段志豪は苦虫を噛み潰した顔をした。


 ――段頭領の兄上のあの態度。王太子殿下はきっと病弱なわりに活発な人にちがいない。もっと言えば、まわりは殿下の素行に迷惑しているのかも。それにしても、道士の儀式は事の顛末には関係ない。でも、あの雷は流言どおり本物の天罰だ。


 雷嵐が腕をふったと同時に陳道仁が雷に打たれた光景を、杜天佑は王太子たちを眺めながら思いだす。武術だと言いはって有耶無耶にしたが、楊烈の部下たちも奇っ怪な力で雷嵐が昏倒させたのだ。

 ただ『雷嵐は雷神で、彼が天罰をくだしたのです』などと王太子に話しても、杜天佑に利益はない。むしろ『破迷司にあるまじき言動だ』などと不快を買うのが関の山。彼は、素知らぬ顔の雷嵐を一瞥するにとどめた。

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