第18話 幽霊の足取り
家令は梅の木が植わった四隅の一か所を指さし、「幽霊はあの辺りにいて、やはり座りこんでいたそうです」と説明した。それから杜天佑たちをふりかえり、さらに言い足す。
「幽霊を見かけたと報告を受けたのは、いずれも屋外です。屋敷の中で目撃した者はいません。それと……」
今まで以上に表情を曇らせた家令は、おびえた目で言いよどむ。
――どうしたのだろう?
杜天佑が不審に思うなか、雷嵐が家令に助言した。
「ばかばかしいとか、気色悪いとか。人に言いにくいと思っても、すべて話すべきだ。情報が早く出そろえば出そろうほど、事件も早く解決するぞ」
雷嵐の話を聞くうちに、家令の表情からおびえが消えた。それどころか、使用人の長らしい真剣な表情になり、「気味が悪い話なのですが」と前置きして、はきはきと話しだした。
この屋敷は、大まかに三つの区画に分かれている。ひとつ目は、杜天佑たちが先ほどまでいた外院。ふたつ目は、二の門をくぐった先にある内院。つまり、杜天佑たちが今いる場所だ。そして三つ目は、内院に隣接して広がる大きな庭園である。
二つ目の内院は四つの棟に分かれており、杜天佑たちが今いる棟が二進院。その奥に三進院、四進院、五進院と奥へ奥へとつづいている。なお、一進院は外院にあたる。
使用人たちが幽霊を目撃したのは、外院と内院だけである。夜に庭園へ行く者がいないため、庭園での目撃例はない。最初に幽霊が目撃されたのは外院。次に目撃されたのが二進院の内庭。その後、三進院、四進院と目撃場所が次第に奥へと移り、ついに先日、最奥の五進院の内庭に幽霊が現れたのだそうだ。
杜天佑は「どんどんと屋敷の奥へ侵入してきていますね」と相槌する。家令の『気味が悪い話』との前置きに納得し、彼は言う。
「あなたのおっしゃるとおり、幽霊の行動には不穏さを感じます」
家令は「ええ。しかも」とうなずき、指をさして杜天佑の視線を誘導した。
「今、お連れの方が内庭の端をなぞって歩いてらっしゃいますが、幽霊も似た行動をするのです。そして、ときどき座りこんでは『うらめしい……』と涙声でつぶやくのですよ」
家令の言うとおりだ。腰の後ろで棒きれを持ったまま手を組み、雷嵐は内庭の端を見て回っている。そのうちに、またも棒きれで庭土をざくざくと突きはじめた。
雷嵐の不可思議な行動を目にし、杜天佑と家令は黙りこんで彼を見つめる。
ふたりの会話が聞こえなくなったからだろう。雷嵐は庭土に棒きれを突き刺したまま、「では、次は三進院を見てみよう」と家令に案内をうながした。
言われるまま、家令は「こちらです」と進む方向を手で示し、つぎの目的地である三進院の内庭へむかって歩きだす。
ところが、傍らに戻ってきた雷嵐がぼそりと、「ただ、もう五進院まで進んでいる。調べても無駄かもしれないな」とつぶやいたので、杜天佑は少し不安な気持ちになった。
その後、三人は三進院と四進院の内庭を見て回った。二進院と同じく、雷嵐が率先して庭を調べ、庭土を棒きれでざくざくと突いた。
そうして、杜天佑たちはとうとう五進院の内庭へと辿り着いたのだ。
「ここで最後です」
――こんな立派な屋敷の五進院、しかも王太子妃になる女性が住むだろう場所に入るなんて、これが最初で最後かもしれない。
杜天佑が感慨深くあたりを見回していると、また庭土を突くのだろう。家令の声を合図に、雷嵐は内庭の隅へと足をむける。
雷嵐が杜天佑たちから離れた直後だった。五進院の建物から、ふたりの男が姿を現す。
ひとりは背が低く、豊満な体に豪華な装束をまとっている。
もうひとりは、その男の倍は背が高い大男だ。彼の着物の色は暗く、腕には袖口をまとめるため護腕と呼ばれる腕を保護する装具を身につけていた。護衛だろうか。背の低い男の背後を、離れすぎず近づきすぎずの距離で歩いている。
ふたりの姿を見た家令は、「当家の主人です」と小声で杜天佑に伝えた。
――中書省の郎中、陳道仁さま!
貴人の到来を意識した杜天佑は、とっさに胸の前で手を重ね、拱手の作法で頭を下げる。
渡り廊下をこちらへやってくるらしい。木がきしむ音が大きくなっていき、頭を下げる杜天佑にも陳道仁が近づいて来るとわかる。
「なにをしている?」
当主の陳道仁だろう。刺々しい口ぶりで男が質問してきた。
家令は「破迷司のお役人に、幽霊の件をご調査いただいているのです」と慇懃に答え、隣の杜天佑を陳道仁に紹介する。
下げた頭をさらに低くし、杜天佑は「破迷司から参りました。杜天佑と申します」と丁寧に挨拶する。
記憶にあったらしい。陳道仁は「ああ」と声をあげると、声色を和らげて杜天佑に言った。
「ここで娘が暮らす予定なのだ。それなのに、幽霊が出る凶宅だなどと言いだす者がいて困っている。娘は未来の王太子妃。娘に危険がおよびかねない事態など、この屋敷にあってはならない。手間をかけるが、対応のほう、よろしく頼む」
声色こそやわらかくなったが、尊大な口ぶりだった。それも無理はない。陳道仁が敬意を払わねばならぬ人物など、この国には数えるほどしかいないのだから。
頭を下げたまま、杜天佑は「はい」と短く返事をする。
家令にだろう。陳道仁は「これから王宮に参内する。今日は戻らない。あとは任せたぞ」と言いおき、再び木のきしむ音をさせながら廊下を歩き去っていった。
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