第四章 亡霊が徘徊する屋敷

第16話 朱雀大路の輝き

 腕輪の来歴などの話をしているうちに、杜天佑たちは目的の屋敷がある朱雀大路に到着した。


 この朱雀大路は虹海国の都・波京はけいの中央を貫通する大通りだ。貴族や高官の行列や祭祀の巡行にも使われるため、幅は数丈にも及ぶ広々とした空間が確保されている。おかげで今も、大勢の人や馬車がゆったりと行き交っていた。 通りの両脇には、漆喰を美しく塗った邸宅の真っ白な壁がそびえ立っている。白壁が陽の光を反射するからだ。通りは目がくらむほど明るかった。整然とした街並みに光があふれる様子に、杜天佑は神々しささえ感じた。


 この大路を『朱雀大路』と呼ぶのは、太古の昔に存在した大国にならってらしい。その大国から今の時代に至るまで、高度な文明が栄えた時代もあったとも聞く。ただ、島国育ちで浅学な杜天佑には、それ以上の事情はわからなかった。


「豪華な屋敷ばかりだな」


 あきれ顔で感想を述べた雷嵐が、建物や行き交う人々を眺めていると、ざわざわと声が聞こえてくる。

 さわがしい一角に、杜天佑たちは目をむけた。


 一邸の屋敷の門前に、豪華な屋根付きの馬車とたくさんの従者たちが整然と並んでいる。そこへ遠目にも貴人とわかる身なりの男が屋敷から出てきて、客車に乗りこんだ。


 周囲を行き交う人々も、杜天佑たちと同じく騒ぎを見ていて、「二の殿下のお出ましだ」などと囁きあっている。彼らの言うとおりなら、馬車に乗りこんだ貴人は、緋波の妃を母に持つ第二王子の凌翔宇なのだろう。


「朱雀大路沿いにある屋敷の持ち主は、国の有力者ばかりです。あの屋敷は、王族所有の邸宅らしいですね」


 王宮の方角へ去る馬車と従者たちを見送った杜天佑は、簡単に状況を説明した。それから、馬車のいなくなった通りの片側をざっと眺めた。 探している屋敷を見つけるには、通りの片側だけを見ればいい。屋敷の宅門の方向は決まっていて、通りの反対側はどの屋敷も奥の院の白壁が見えるだけだからだ。 宅門のある倒座房はどれも同じに見える。どの屋敷の宅門も扁額と呼ばれる木製の板を掲げており、そこには家名が記されている。目指す屋敷を探すには、近づいて扁額を確かめればよい。ところが、杜天佑たちはしらみつぶしに屋敷を探す必要はなかった。なぜなら、目的の屋敷の扁額には布がかぶせてあり、ひどく目立っていたからだ。布の下の扁額は、まだ前の持ち主の名前のままだろう。

 しかも、求める屋敷は先ほどまで人々の注目を集めていた第二王子の屋敷の隣だった。


 屋敷に近づくと、雷嵐が「あれは?」と声をあげたので、杜天佑は彼の視線の先に目をむけた。見ると、目的の屋敷の壁際に木製の祠があった。大きな屋敷の前にあるため小さく見える。しかし、祠には風雨をしのぐ開き戸も付いていて、人間ひとりなら余裕で入れそうだ。


「土地神でも祀っているのだろうか?」と雷嵐。


 ありえなくもないと、杜天佑も思った。ただ、今は興味よりも仕事を優先すべき状況だ。よって、彼は「そうかもしれませんね」と軽く相づちし、屋敷の入り口へ急いだ。


「破迷司から参りました。杜天佑と申します」


 宅門の前に立つ門番二人に、拱手して挨拶する。すると、門番たちは杜天佑の来訪を事前に聞かされていたらしい。右側に立つ門番が「お待ちください」と言って、屋敷内に入っていった。まもなく、ひとりの老人が姿をあらわす。屋敷の一切を取り仕切る使用人の長である家令だと、老人は名乗った。


 家令に連れられ、杜天佑と雷嵐は屋敷の中へ足を踏みいれる。門をくぐるとすぐに、獅子紋の彫刻が施された影壁えいへきが目に飛びこんだ。影壁とは、目隠しのための独立した障塀だ。影壁は魔除けの壁でもあると知っていた杜天佑は、背後にいる江若雪を気にした。しかし、彼女に変化はない。いつもどおり、無表情で遠くに目をむけている。


「今のところ、彼女に邪気はない。影壁の魔除けには影響されないだろう」


 杜天佑の心配を察したらしい。雷嵐が耳打ちする。

 江若雪に害はないと知り、杜天佑は安堵の息を漏らした。


「貴重な調度品だ。もっと丁寧に運びなさい」


 急に鋭い声が聞こえてきたので、驚いた杜天佑は声のしたほうを見た。すると、そこかしこに人がいて、掃除をしたり家具を運んだりしている。どうやら家令が作業をする人々に指示をだしているらしい。さらに二、三の指示を口にし、彼は杜天佑たちの案内を再開した。


 ――引っ越しの指揮を取りながら客の相手までするのか。家令の仕事は苦労が多そうだ。


 先を歩く家令の背に、杜天佑は同情の視線をおくる。

 よほど忙しいのだろう。家令の歩く速度は、かすかに速い。証拠に、彼は歩きながら早口で話しだす。


「こんなに早くお越しいただけるなんて、ほんとうに助かります」


 杜天佑たちの到着を待ち望んでいたらしい。家令の言葉の端々から感謝の念を感じた。杜天佑は「お急ぎの事情が?」と、たずねてみた。

 間をおかず、家令は「ええ」と相づちして答える。


「一日でも早く、お嬢さまをここへ移り住ませたいと当主が申しておりまして」


「陳家のお嬢さまといえば、たしか王太子妃候補の……」


 会話の先が読めたのだろう。杜天佑が話し終わらぬうちに、家令は「そうです」と肯定し、言う。


「ちょうど今、お嬢さまがお使いになる調度品を運び入れているところなのですよ」


 主人が王族になるのを自慢に思っているようだ。家令の声には喜びがにじんでいた。それからすぐだ。彼は「着きました」と言って、立ち止まった。

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