第38話 孤独、故に希死

 黒い草原を踏み歩き、目の前に映るちっぽけな命を、彼が護りたかった存在へと歩む。


「ゆ、ユース……起きて……起きてよ……ッ!!」


 目の前の現実を見ようともしない弱者に、溜息を吐き捨て、少女の前に、僕は絶望として立ち塞がる。


「これが彼の選択だ……どうやら君は、彼に選ばれなかったらしい」


「なにを……言って……?どういう意味、なの……ッ!?」


 僕という存在に、メイと呼ばれていた少女は酷く怯えては小さな身体を大きく震わせ、挙句には腰を抜かし、尻餅を付いた。


「君は、彼の世界には要らない……彼にとって不必要な存在って意味さ」


「そ、そんな事ない……!!だってユースはわたしを救ってくれた!!わたしを愛してくれるって!!」


 少女は必死に、涙ながらに僕の言葉を強く否定し、偽りの言葉へと縋り付く。


「君は捨てられたんだ……みんなに裏切られたんだ」


「違う!!ユースは……!!わたしに信じろって言ってた……!!わたしを、護るって言ってくれた!!だからわたしも……ユースを信じる!!信じてるからぁ!!」


 馬鹿な女……彼には人間らしい感情なんて物は無い。その言葉も、想いも、君の為に吐いた台詞では無い……それはただの呪いだ。


「そうか……それなら君はもう、幸せ者だな」


 剣を大きく振り翳すと、少女は目を瞑り祈る様に両の手を合わせ、強く握る。


「ユース……!ユース……ッ!!わたしを助けて!!ユースッ!!ユースぅうう!!!!」


 僕が与えた偽りの名を必死に泣き叫ぶ姿に、少女の価値の程度が知れてしまい、思わず笑みが漏れる。


「君は、誰にも望まれ無い、誰からも救われない、価値の無い存在だ……ならせめて、幸福の中で死んでゆけ」


 大粒の涙を流しながら、必死に泣き叫ぶ無価値な存在へと、無慈悲に刃を振り下ろす。


 せめて……痛みを感じさせずに殺してやる。


 何故ならそれが人間らしいからだ……


 君もきっと、そうした筈だ……


「わぁああああ!!やめてえええッ!!!! 」


 瞬間、振り下ろそうとした刃へと影が派手に転がり込み、思わず剣を静止させてしまった。


「……なんのつもりだ?レイン」


 レインは両手を大きく広げ、瞳には見た事も無い程に大粒の涙を浮かべており、首筋には振り下ろした刃が僅かに触れており、少量の血が滲み出す。


「やめて、ください……!も、もう終わり!!終わりですッ!!」


「僕は、その異能者を殺さなければならない……だから退いてくれ」


 僕の言葉を聞いたレインは小さく悲鳴を上げると同時に、少女を守るかの様に何重ものバリアを張り出した。


「そうか……それなら君も」


「ち、ちがッ!!ま、待ってください!!そ、それ!!それぇ……ッ!!」


 激しく震える人差し指が僕の顔へと突き出され、思わず切先が揺れてしまう。


「か、顔!!頬!!ほ、ほっぺた!!」


 言葉の意図も分からないままに、言われたままに自分の頬へと指を運ぶ。


「これは……?」


 指が触れる嫌な感触が、何故か久しく思い、生温く粘る何かを視線へと運ばせる。


「ああ……彼の」


「貴方の血です!!ユースさんが付けた……ッ!!傷です!!傷の血です!!」


「何を言ってるんだ?そんなわけ、が……?」


 頬を拭い、何度拭っても取れない血に、やがて遠くに忘れていた感覚が滲み出した。


「何だ……?これは、痛い……?ああ……確かに痛いな……少し……いや、とても……」


「だ、だから!ユースさんの勝ち!!それで!!貴方の負けですッ!!だ、だからメイちゃ……ッ!?な、何してるんですか!?」


 刻まれた傷口を大きく開かせ、痛みを強く感じながら流れる鮮血を顔面に塗りたくる。


「ふ……ふふ!!ふっははは!!あっははははは!!あははははははははは!!!!」


「ひぃ!?ひぃぃいい!!!!」


 込み上げてくる感情が噴き出し、何度も何度も指で傷を強く抉っては、赤く染まった手の平を眼球に押し当てる。


「はぁ……これが……敗北、か」


 瞬く星空に滲む現実を、ただ、静かに見詰め、噛み締める。


「負けたのか……僕が……」


 彼は僕ではなく、こんな救いの無い、どうしようもない世界を選んだ。


「これが、強者の選択なのか……?」


 誰かの想いを背負い、誰かの存在を護り、呪われた誓いを首に掛け、君はこの世界を生き抜くというのか……


「ああ……羨ましい……」


 僕は、君という可能性を信じている。


「これもまた、呪いというやつか……」


 見上げる星空から視線を落とし、眼前の二人に目を遣ると、レインは化け物を見る様な目で腰を抜かし、メイと呼ばれている少女は僕を、力強く睨んでいた。


「安心してくれ……僕は、僕達はもう、君には手を出さない」


 僕は剣を地に突き立て、手を離し、ゆっくりとその場から身を退く。


「ユース……ッ!ユースぅ!!」


 少女は、突き立てた剣に目もくれずに彼の元へと走り去って行った。


「レイン、彼はまだ辛うじて生きている様だ。早く治療を」


「ゆ、ユースさん……ッ!」


 僕の言葉のままに、レインは腰を抜かしたまま這う様にして彼の元へと向かって行くのを見て、突き立てた剣を手に取り鞘へと戻す。


「……悔しいな」


 あの時僕は、君を本気で殺そうと剣を握り締めた。そして君は、この僕を拒絶してくれた。


「僕達なら……二人ならきっと、この世界をおわ」


「マヒト様!!」


 聞き慣れた声に言葉を詰まらせ、それを溜息で吐き捨てると、閃光の如く目の前にナナセが現れ、その跡を追う様に黒い草原が激しく揺れる。


「……五分早いが」


「そ、それは……って、その顔!?どうされたのですか!?」


 ナナセは僕の顔を見るや否、目を大きく見開かせては声を荒げる。


「ああ……彼にやられた」


「は!?何を言って……」


 ナナセは僕の視線の先に目を遣ると、身体を硬直させたまま、動かなくなった。


「僕は、彼に負けた」


「そ、そんな……ッ!そんな筈は!!」


 僕が告げた現実に、身体を大きく震わせ、受け入れる事をナナセは拒絶する。


「彼が、あの子を護ったんだ」


「な……ッ!?」


「ああ、そうだったな……もう何も隠す必要は無い。僕達は、帝国騎士は、あの子に手を出さない」


 いや……出せない、か。


 拳を握り締め、唇を噛み締めるその姿に溜息しか出ない。


「わ……私、は」


「気にするな、別に僕は怒ってなんかいない。寧ろ君達には感謝しているくらいだ……彼の治療が終わったら、予定通りに頼む」


 ナナセの肩を軽く叩くと、気が抜けた様に力無く肩を落とし、視線は闇へと落ちていった。


「……はい」


 無気力な返事を残し、ナナセは僕に背を向けて、彼の方へと歩いて行く。


「向かう先は孤独……か」


 そして、今を生きる者が、誰かを想う……


「誰の言葉だ……?」


 独り呟いた言葉に、星が一つ、消えた。


 ◇


 最果てから声が聞こえる。


『ごめんね……』


 フェンス越しに見える笑顔に、手を伸ばす。


『さよなら』


 フェンス越しに見える赤い空に、手を伸ばし続ける。


「なんで……」


 金網を掴み、独り静かに、何も無い赤い空に呟き、声を落とす。


「お前は……僕を……」


 もう、届かない。


「独りに……したんだ……」


 問い掛けは虚しく、錆び付いた赤い空に消えていった。


『……ース!!ユースぅ!!』


 何処からか聞こえた声に、辺りを見渡す。


「気の所為……か」


 あの日から屋上は閉鎖され、生徒の立ち入りは禁止になってしまった。だから此処には僕以外、誰一人いる筈がない。


「……疲れた」


 弱く掴んでいた金網から手を離し、無造作に置かれた鞄を肩に背負う。


「意味なんて……無い」


 昨日と同じ、ポケットに手を入れ、職員室から盗み出した屋上の鍵を握り締めては、屋上の扉へと徐に歩き出す。


「は……はは……」


 乾いた笑い声を漏らし、銀色の扉に手を掛けると、生温い感覚が掌に滲み出した。


「……死ね」


 無気力に扉を開けると、不気味なまでに暗い階段が僕を見上げていた。


『ユースぅ!!起きてぇ!!ねえ起きてよぉ!!!!」


『大丈夫ですから……!!わ、私が……!!』


 見下ろす階段から女の叫び声が響き渡り、思わず身構える。


「演劇……?」


『う、腕……!?ユースの腕……千切れ……!?いやぁ……!!いやぁぁぁあ!!!!』


『大丈夫……ッ!!このくらい私の魔法で簡単に治せます!!』


 鞄からスマホを取り出し、時計を見ると完全下校時刻を過ぎようとしていた。


「……帰るか」


 静かな校内に響き渡る悪趣味な内容に耳を傾けながら、夕闇が辿る赤黒い廊下を独り歩く。


『死なないでぇ……!!死んじゃやだよぉ!!』


『わ、私が死なせません!!私が……!!』


 魔法、か……そんな物が本当にあったらなら、僕はお前を……こんな世界を……


「……死ね」


 例えそんなモノがあったとして、僕に何が出来た?何を変えられた……?


「……死んでくれ」


 変えようともせず、救おうともしなかった僕に変わりは無いのだから、何も変わる筈が無い……何も救えない。


『間に合わない……ッ!!な、ナナセちゃん!!回復のポーションを!!』


『な、何で私が……ッ!!コイツなんかの為に!!』


「一ノ瀬先輩……?」


 なんで学校に……?それにあの人、剣道部じゃなかったか?


『お願い!!ユースを助けてぇ!!』


『く、くそ……ッ!!これを使え!!』


「……すごい熱演」


 瞬間、夕闇が歪み、目が眩む。


「う……ッ!?」


 全身に突き刺さる痛みに息が乱れ、激しく脈打つ心臓を押さえる。


「はぁ……ッ!はぁ……ッ!!く、そ……!」


 現実と非現実が激しく点滅し、何かに抗う様に目を大きく見開き、響き続ける鼓動を握り潰す様に胸を掴む。


『帰ってきて……ッ!!ユースさん!!』


「うる、さい……!」


『ユースぅ!!戻ってきてぇ!!!!』


「五月蝿いな……!!誰だよユースって!!さっさと死ね!!死ねよ!!!!」


 僕の声に、僕の叫びに、夕闇を映す全ての窓硝子が砕け、透明な破片が眼前に舞い散る。


「は……ッ!?」


 その直後、足場が崩れ去り、学校が、世界が、目に映る全てが、理解する間もなく崩壊していく。


「うぁ!?うわぁあああああ!!!!」


 逆様の心臓が、奈落の果てにある深淵へと落下していき、反転した視界が非現実に止まる。


「ぼ、僕……は……ッ」


 頭上に赤い空が落ちてくる。


「俺は……誰、だ?」

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