第5話 持たざる者
「まさか、死龍を討伐するとは……」
「あわよくば共倒れと願っていたのだが、そう上手くはいかないものだな」
「やはり、レベル6を野放しにするなど危険ではないのか?」
老人達の声が忙しなく薄暗い空間を飛び交う。
「その為に監視が届くアルバロスに所属させたのだろう?」
一人の老人が余裕を含ませた声で場を鎮めさせる。
「それに我々の手札には人類最強の剣士がある。奴が帝国に刃を向けた瞬間、その処理を貴様に宛てる……それで良いな?マヒト・アシュレイ」
「ええ、引き続き彼の監視は全て……この僕にお任せください」
絶対的な眼光が空間を一瞬にして支配する。
「そう、だな……幾ら伝説とて、所詮は屍肉に過ぎん」
「あの死神を捕らえたのは貴様だったな、それで構わんよ」
「そんな事はどうでも良い……預言書の回収はどうなっている?」
「現時点での回収は不可能だそうだ……当てにはしていなかったが、所詮は傭兵上がりの犬だったな」
「やはり、汚染領域と化したリヒドを制圧するのが先決か……ならば、聖国の手を借りる他ないだろう。異論は無いな?」
鈍い静寂に頷き、それを深い溜息が呑み込む。
「話は終わりだ……ご苦労だったな、マヒト・アシュレイ」
老人達が次々と姿を消し、独り虚空を睨む。
これで帝国が彼に手出しする事は無くなった。
絶対的な力は権力さえも意のままだ。
剣を持たない者はいずれ淘汰される。
君も感じている筈だ。
君も見た筈だ。
赤い空に朽ちる残骸の中で、響く鼓動に確信した。
君は僕と同じだ。
同じであるべきだ。
「さあ、僕に見せてくれ……」
残るのは強者だけでいい。
◇
帝都に身を染め、すれ違う人達から目を背ける。活気に溢れる空気に曇りは無く、戦後からまだ一月しか経っていないというのに、その影が微塵も感じられない。
「随分と平和だな……」
「少し前までは慌ただしかったんですけど……直ぐにまた元通りになりましたね」
「……なるほど」
ギルドへの道中、帝都を彩る店や施設を案内される中で、人の群れを掻き分ける檻を乗せた馬車に目が止まる。
「あれは何だ……?」
その鉄格子からは小綺麗に着飾る少年少女が笑顔で手を振り、すれ違う人達から好奇と哀れみの目を寄せ集めていた。
「ああ……奴隷ですよ」
レインは歩みを止め、哀れみの目を少年少女に向ける。
「……奴隷を見るのは初めてですか?」
「リヒドでは、とうの昔に奴隷制度は廃止されていたからな……」
「帝都でも奴隷解放運動はよく見られますけど、廃止は夢のまた夢でしょうね」
「それだけ需要があるって事か……」
「何より、多くの貴族達が奴隷制度を支持していますから」
「……まあ、優しくて親切な人に買われるかもしれない」
「そんな人は奴隷なんて飼いませんよ……さあ、そろそろ行きましょう。もうすぐですよ」
レインに急かされ、歩を進めるが檻越しに少年少女達が此方に気付き、笑顔で手を振られる。しかしその瞳の全てに生気が宿っておらず、それに思わず溜息で返してしまう。
「理想郷、か……」
檻を背負う馬車が通り過ぎて行く瞬間、視界の端から消え行く存在に思わず振り返る。すれ違う人達に手を振り続ける子供達の影にただ一人、座り込む栗毛色の髪をした少女がそこに居た。
「あれは……?」
焼き付いて離れない断片的な記憶が色を宿し、加速する鼓動に動揺する。
「気のせい、なのか……?」
その面影に希望を重ねてしまう程に、死んだ瞳をした少女が彼女を映し出していた。
「ユースさん……奴隷に興味を持つのは構いませんが、買うのはちょっと……」
「ああ……いや、同情していただけだ」
「それなら良いんですけど……アルバロスの名を穢す行為は罰則の対象になりますから、呉々も気を付けてくださいね」
「……同情していただけだ」
「わ、分かりましたから……では行きましょう」
怪訝な表情を浮かべながらもレインは歩き始め、俺も後に続く。
彼女は……リヒド王国の人間だ。
生きているのかは……分からない。
リヒドは壊滅し、屍人と死霧が支配する亡国となった。
だが、もしも、生きているのなら彼女は……
「……おい」
レインの肩を徐に叩く。
「ひッ!?な、なんですか……?」
「リヒドの……生き残った人間は何処にいる?何人救助した?」
レインは一瞬、怯えた表情になったが直ぐに冷静さを取り戻す。
「え、えっと、正式な情報はまだ公表されていませんが……生存者は千人も満たない……かと。あと、保護した人達は、帝都から離れた場所に隔離されているとも聞きました」
「……その場所は?」
「詳しい位置までは私も……それにそこは、マギア聖国の上級魔術師しか立ち入りは許可されていません」
「……屍人化の恐れがあるからか」
「感染の恐れもあるからでしょうね……あの、誰か探してるんですか?」
「いや……何でもない」
「そう、ですか……でもきっと、治療が全て終われば解放される筈です。だから……その……」
レインは何かを察し、不器用に言葉を掛けようとする。
「いや……いきなり、すまなかった」
「い、いえ……私こそ力になれず、すみません……」
濁る空気の中、静寂が二人の背を押し歩み始める。
たとえ彼女と再会できたとしても、強く願い求めた言葉の先に俺は居ないだろう。
今、俺にあるのはただ……確かな誓いと空白だけだ。
再会を果たす前に記憶を取り戻さなければ意味が無い。
「だから、もう少しだけ待っていてくれ……」
白く透明な祈りに優しく触れ、ただ、向かう先を信じ歩き続ける。
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