第16話 野獣先輩、加湿器を求めて旅に出る

 野獣先輩は、朝から調子が悪かった。乾燥した空気のせいで喉がガラガラだ。

 部屋を見渡すと、そこには長年使い古した扇風機だけが鎮座している。


「なんだよこの部屋、砂漠か? 俺を誰だと思ってんだよ、野獣先輩だぞ」


 と文句を言いながらスマホを開く。調べた結果、どうやら「加湿器」なるアイテムが乾燥を解決してくれるらしいと分かった。


「はぇ~、加湿器って便利そうだな。でも、通販で買うのはつまらねぇし、どうせなら旅に出て直接手に入れてやるよ」


 こうして野獣先輩は、加湿器を求める旅に出ることにした。


 まず向かったのは近所の家電量販店だ。店内に入ると、様々な家電が並んでいる。

「はっ、俺にふさわしい加湿器なんてここにはないだろ。まぁ一応見てやるけど」


 店員が声をかけてきた。


「いらっしゃいませ、加湿器をお探しですか?」


「ん? あぁ、俺が乾燥してるって言いたいのか? 俺に似合うやつ、持ってこいよ」


 店員は少し困った顔をしながら加湿器コーナーに案内する。


「こちらのモデルが人気でして――」

「は? ダサすぎだろ。俺、もっとオシャレなやつじゃないと嫌なんだけど?」


 散々文句を言った挙句、「この店には俺の欲しい加湿器はねぇな」と言い残して店を後にする。


 次に向かったのは商店街。ふらりと入った骨董店には、古めかしい加湿器が置かれていた。「おっ、これなんか良さげじゃん。俺っぽいわ」


 しかし、値札を見て驚愕する。


「なにこれ、高すぎだろ。俺を誰だと思ってんだ、値引きしてくれよ」


「申し訳ありません、値引きはできません」


 店主の断固たる態度に、野獣先輩はふてくされて店を出る。


「はぁ? 俺が買ってやるって言ってんのに、損したな」


 加湿器を求める旅は次第にエスカレートし、気づけば山奥にたどり着いていた。そこには「伝説の加湿器職人」がいるという噂を聞きつけたのだ。

 山道を登る途中、野獣先輩は体力の限界を感じる。


「はぁ……俺、こんなに頑張ってんのに、まだ着かねぇのかよ。俺に優しくしろっての」


 ようやく職人の家に到着すると、中からクソジジイもとい、威厳のある老人が現れた。


「何の用じゃ」

「俺にふさわしい加湿器を作ってくれよ」

「加湿器とは、人を選ぶ道具じゃ。お前に相応しいかどうか、試してやろう」


 こうして、謎の試練が始まった。


 職人は川から水を運ぶよう命じた。野獣先輩は渋々バケツを持って川へ向かう。


「なんで俺がこんなことしなきゃなんねぇんだよ。でも、これが俺の物語ってやつだな」


 勝手に納得し途中で何度もこぼしながらも、なんとか水を運びきる。


「お前、意外とやるではないか」

「は? 俺に意外とか言うなよ。俺、天才だから」


 どこまでも傲慢で生意気な態度に辟易しつつも試練を乗り越えた野獣先輩に、職人は加湿器を手渡した。それはシンプルながらも高性能な一品だった。


「おお、これが俺にふさわしいやつか。最高だな」

「ただし、使い方を間違えると危険じゃ。気をつけるのだぞ」

「やりますねえ」


 野獣先輩は職人の忠告を適当に聞き流し、加湿器を持って意気揚々と帰路についた。

 帰宅した野獣先輩は、加湿器をセットしてスイッチを入れた。


「いや~、これで俺の部屋もオアシスになるわ」


 だが、すぐに部屋の湿度が急上昇。窓は曇り、カビ臭い匂いが漂い始めた。


「おいおい、湿度上げすぎだろ。これ、マジでヤバいやつじゃん」


 さらに、加湿器の蒸気がエアコンの内部に入り込み、エアコンが異常をきたして火花を散らし始めた。想定外の事態に野獣先輩はイキそうになる。


「ちょ、待てよ! 俺、そんなつもりじゃなかったんだけど!」


 数分後、エアコンが完全に壊れ、部屋中が水蒸気と焦げた匂いで満たされた。


「……はぁ?これが俺の努力の結果かよ。やっぱ加湿器とか時代遅れだろ。次は空気清浄機でも買うかんにゃぴ」


 こうして野獣先輩の加湿器の旅は、大きな犠牲を伴いながらも幕を閉じたのだった。

 軍資金を稼ぐどころか浪費しすぎて旅になっていない野獣先輩。

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