第15話 やじゅーばーいーつ
「野獣先輩が店舗に向かっています」
この通知が画面に表示された瞬間、なぜか胸の奥でじんわりとした安心感が広がる。
普段はあまり意識しないけど、「ああ、ちゃんと野獣先輩がいるんだ」「野獣先輩が自分のために動いてくれているんだ」と実感する。
「ヤジューバーイーツ頼むたびに、感動して泣けるんだよねそして笑っちゃうんすよね」
なんて口にすると驚かれる。
「え、なんで感動するん?」と聞かれる。
だって、自分のために野獣先輩が時間を割き、寒い日も暑い日も走ってきてくれる。それってありがたいことやと思う。
堕落との戦い
アプリを開く前に「歩いて10分でマクドナルドがあるのに、お前今からアプリを使うんか?」という自問自答から始まる。
堕落さとの戦い。10戦すれば9戦は堕落さの勝ち。
今日の気分はダブルチーズバーガー。ポテトもドリンクもLサイズにしてセットで頼もう。飲み物はコーラか、気持ちばかり健康志向の黒烏龍茶か。こうした些細な選択の時間すら楽しい。
一方で、少しだけ不安が頭をよぎる。「もしかして野獣先輩に拒否されるかもしれない」。
過去に何かの形でブラックリストに載っていないか。野獣先輩が全員忙しくて「配達員がいません」と通知が来るのではないか。勝手に期待して裏切られるのではないか。そんな根拠のない妄想が、注文ボタンを押す前に浮かんでくる。
運命の1タップ
しかし、もう口はマックだ。祈るような気持ちで購入ボタンを押す。その瞬間、画面にはアニメーションが表示され、くるくると混ぜられるボウルのイラストが現れる。
「注文を準備中です」
その表示に思わずホッとする。推しのライブチケットの抽選に申し込んだときの気持ちってこんなのかな。「これで、注文が通った」と胸を撫で下ろす瞬間だ。
まだ見ぬ野獣先輩を追いかける
しばらくすると、「野獣先輩が向かっています」という文字が現れる。自分の画面に突如バイクのアイコンが登場する。まるで別の世界からタイムループして現れたようだ。きっとこれまでも同じ街ですれ違っていたはずなのに。
アイコンが少しずつ動き始める。まずはお店に向かっている。こうなると、もうスマホを手放せない。画面越しに野獣先輩の一日を追いかけている気分になる。
写真を見ると24歳くらいだろうか。恐らく学生だろう。
フリーで働きながら、隙間時間にヤジューバーをしているのかもしれない。運動不足を解消するために、ついでに稼げれば一石二鳥だなんて思っているのだろうか。
そんな妄想を勝手に広げながら、画面に映る小さなバイクのアイコンを追いかける。不思議と空腹を忘れ、野獣先輩の人生に思いを馳せてしまう。
「商品をピックアップしました」と表示されると、心の中で小さくガッツポーズをする。これで確実に、ダブルチーズバーガーセットが野獣先輩の手に渡った。
そしておいしそうなそれを口いっぱいに頬張るのだった。
(以下同じ調子で、野獣先輩が配達を完了するまで続く…)
あれ? 何で野獣先輩がダブルチーズバーガーセットを食べてるんだ??
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