第8話 町外れの工場で一日体験先輩

 あてもなく旅を続ける野獣先輩は、山奥の工場地帯にたどり着いていた。


「こんなとこにまで人が働いてるんだなぁ…俺もそろそろ落ち着かないとヤバいよな…」


 工場の前でぼんやりしていると、作業服姿の屈強な男が近づいてくる。


「おい、そこのお前! 何してんだ、こんなとこで!」


「えっ、あ、ちょっと通りすがりで…」


「お前、今日から入る新人か? 聞いてた話と顔が違うけど…まぁいいや。早く来い!」


(えぇ…俺、なんで働く流れになってるんだよ…)


 ホモはせっかちという噂は本当だったらしく、強引に連れて行かれ、なぜかそのまま工場の作業員として働くことになる不憫な野獣。


 工場内は蒸し暑く、無機質な機械音が響き渡っている。作業指導を受けながらも、先輩は状況に困惑していた。


「Foo!! ここが俺の新しい人生のスタートなのか…いや、違うやろ…」


 野獣先輩が担当することになったのはベルトコンベアの監視業務だった。次々と流れてくる製品を確認し、不良品を取り除く仕事だ。


「簡単そうに見えるけど、これ結構キツいな…目が回るぞ…」


隣で作業しているパリピな先輩社員が話しかけてくる。


「うえええい!!! おい新人、手止めんなよ! Yeah!! ここはな、スピードが命なんだよ!」


「いや、でもこれめっちゃ速くないっすか…追いつけないんだけど…」


「慣れだよ慣れ! ほらほらほらほら、次! 次! ……あー、そこ不良品! 見逃してんじゃねぇよくそがああああああああああああああああああああああ!」


「すいませんすいません! ほんとすいません!」


 ノリで謝る野獣先輩。

 止まらない作業に追われながらも、野獣先輩はふと思う。


「俺、確実に戦犯なのに普通に働いてるの草なんだよなぁ…」


 昼休憩になり、食堂で先輩社員たちと食事をとることに。工場のメニューは牛肉の塊がゴロゴロ転がっている激辛カレーライスだ。


「おい新人、ちゃんと食えよ。午後もバリバリ働いてもらうからな!」


「うっ…(大食い苦手)これ全部食わないとダメですか…?」


「当たり前だろ。働く男の飯だぞ!」


 渋々カレーをかきこむ先輩だが、その味に驚く。


「うまい…こんなとこで食うカレーなのに、やたらうまいぞ…」


「だろ? このカレー、工場長の奥さんの親戚の知り合いの友達のコンビニオーナーが作ってるんだぜ。愛情たっぷりだ!」


「愛情…か…(遠い目)」


 ふと、追っ手のことを思い出し、先輩の顔が曇る。


「俺、こんな平和な時間を過ごしてていいんだろうか…」


 午後の作業が始まると、工場長が見回りにやってくる。作業員たちは緊張した面持ちで作業を続ける。


「工場長だ! 気を引き締めろ!」


「えっ、なんかすごい偉そうな人が来たぞ…」


 工場長は野獣先輩の作業をじっと見つめる。


「君、新人か?」


「あ、はい…(バレたらどうしよう)」


「初日なのに意外と動けてるな。いいじゃないか。」


「えっ…ありがとうございます…(よかった、バレてない)」


 工場長は先輩の肩をポンと叩き、満足げに去っていく。


「なんだこの世界は……俺、意外と適応できてるんじゃないか?」


 そんな矢先、突然非常ベルが鳴り響く。けたたましい音が耳をつんざく。


「なんだ!? 火事か!?」


 作業員たちが慌てる中、外を見るとパトカーが数台停まっている。


「追っ手が来たのか…!?」


「おい新人! 何ボーッとしてんだ! 避難するぞ!」


「いや……俺、ここにいたらヤバいんで……先行っててください!」


 混乱の中、野獣先輩はこっそり工場の裏口から抜け出す。

 特に監視の目を掻い潜ることもなくすんなり出口へ辿り着いた。


「やっぱり俺にはここでの平穏な暮らしは無理なんだなぁ…」


 煙に包まれる工場を背に、野獣先輩は再び逃亡の旅へと出るのだった。

 彼の旅はまだまだ続くってそれ一番言われてるから。

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