野獣先輩の冒険譚

谷塚Rom子

第1話 消えた先輩

「消えた先輩」


 某大学のサークル「ミステリ研究会」では、近頃妙な噂が広がっていた。

「夜の部室に行くと、野獣先輩の霊が現れるらしい」


 部室は薄暗いビルの3階にあり、普段から人気がない。ミステリ研究会のメンバーはこの噂を聞きつけ、興味津々。幽霊が出るなんて最高のネタだと盛り上がっていた。


 しかし、その日の夜、部室で一人作業をしていた新人の遠野は、奇妙な音を耳にした。


「アッー!」


 遠野は凍りついた。確かに聞こえたのだ、例の声が。慌てて振り返ると、そこには人影があった。

――野獣先輩だ。


「お前、今何してるの?」


 遠野は慌てて答える。「え、えっと、資料整理を……」


「お前さぁ、夜中に一人でこんなところにいるなんて、怖くないの?」


 その言葉に遠野は混乱した。幽霊って、もっと怖い感じで登場するものではないのか?しかし、目の前の野獣先輩は妙に親しげだ。


「いや、怖いですけど……先輩、なんでここに?」


 野獣先輩は部室の隅からなぜかカップラーメンを取り出し、湯を注ぎ始めた。

「俺?まぁ、ちょっと成仏できなくてさ。このサークルが好きだったから、たまに来てるだけだよ」


 遠野はさらに混乱した。

「成仏できない理由って、何ですか?」


 先輩はラーメンをずるずるとすすりながら答える。

「んー、たぶん俺の伝説が多すぎて、みんな忘れてくれないからかな」


 遠野は思わず笑いそうになったが、ぐっと堪えた。

「じゃあ、どうすれば成仏できるんですか?」


「簡単だよ。俺の伝説を全部笑い話にしてくれればいいんだよ。深刻にならずに、楽しく語り継いでくれれば、俺も安心して旅立てる」


 そう言うと、野獣先輩は満足そうに笑い、ラーメンの容器をゴミ箱に勢いよく投げ捨てて立ち上がった。


「じゃあ、俺そろそろ帰るわ。遠野、これからもサークル頑張れよ」


「え、どこに帰るんですか?」


「それは……俺にもわからない」


 そう言って、野獣先輩は瞬きをしたと同時にふっと消えてしまった。


 翌日、遠野はサークルのメンバーにこの話をした。みんな爆笑しながら

「じゃあ、野獣先輩の霊は意外と気さくだったんだな!」と盛り上がった。


 それからというもの、ミステリ研究会では野獣先輩の伝説を笑い話にして語り継ぐのが定番となった。

 そして、噂によると、それ以来部室に野獣先輩が現れることはなくなったという。

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