第3話 いざ、地玖神島
――――波に揺られてどれくらいが経っただろうか。
乗客がおらず実質貸し切り状態と化しているこの船上で、まるで水彩画のように揺らめく幻想的な水面を見つめながらそんな事を思う。
夏休み初日から島に遊びに行く人は居ないのか、否か――俺達以外に乗客は殆どといっていい程おらず、居るには居るが同年代ではない。
大体30代~40代くらいの年齢と見て取れる。
「そろそろか……」
誰の耳にも届かない程の声量で、俺は呟いた。
右を向いて少し遠くを眺めれば、もう既に件の島が近くにまで見えている。
と言っても、地元から近い島と言う事だけあって割と最初から見えているのだが。
「…………綺麗だな、海」
先程から珍しく黙って深々とした濃い青を眺めていた俊が、俺に問いかけてくる。
そこにはいつもの俊はおらず、ただ単純にこの景色に心奪われているといった珍しい印象を受けた。
俊といえば『この景色すっげぇ!!お前らもよく目に焼き付けておけよ!!』みたいな反応をしそうなものだったので、以外な一面を見た気がする。
「そうだな」
俊と同じ方向に視線を向けながら、そう相槌を打つ。
しかし、俺は浅瀬特有の綺麗な砂が織りなす鮮やかな色彩を放つの水色の方がどっちかというと好きである。が、こういった
「この景色を眺められるのも海華のおかげってもんだ」
全ての始まりは海華からの提案であり、それを実行に移せるのは彼女の家柄によるものだ。
だからこそ、感謝してもしきれない。
「うちのおかげって、かーくんってば大袈裟だよ~」
笑みを作りながら、ないないといった風に手首を横に振ってそう謙遜を示す海華。
全然大袈裟というわけではないのだが……変な所で謙虚である。
だがいいだろう。海華がそんな態度を取るのならば、更なる追い打ちをかませばいいだけである。
「いいや、海華が提案してくれなかったら、俺達はそもそも地玖神島に行こうともしなかっただろうからな」
この言葉に嘘偽りは無い。
実際、親戚なり何か目を引くイベントが行われるでもない限り、わざわざ俺達の住んでいる地域よりも明らかに娯楽の少ない場所へ行こうとは思わなかった筈だ。
「そうそう!素直に胸張って誇ってもいいってもんだぜ!」
いつの間にやらテンションが復活していた俊が俺のその言葉に同調する。
なんというか、俊の言葉はいつも真っすぐで、嘘偽りのない言葉だと思わせる不思議な力を感じる。
これは驚愕するくらいに明るいテンションがもたらす効果なのか、それとも俊個人が持つ魅力故なのか……恐らく両方だな羨ましいぞ。
「そ、そうなのかな……?え、えっへん」
海華が俊の言葉通りに胸を張り、両手を横腹に当てて鼻を鳴らす。
そんな、まるで漫画に出てくるヒロインのような仕草をする海華の様子が可愛いと思ってしまうのは、当然の事だろうか?
「なぁ~に笑ってるの?かーくん」
「へ?」
シンプルに、素っ頓狂な声が俺の口から出てきた。
海華の仕草というか、様子が可愛いと思っていたら自然と口元が緩んでしまったのだろう。
これは失態だった……鈴岸哉斗一生の不覚……!!
しかし、素直に海華に向かって“海華が可愛いかったからつい口元が緩んだ”……なんて事はとても言えない。
そういうのは、俺でない……海華が好意を寄せている人間だとか、俊のようなイケメンだとか――あるいは、彼氏に言われたら嬉しい言葉であって、俺が言っても『え~、何急に~』と言って笑われその後微妙な空気が辺りを支配するだけである。
しかし、そんな事は建前で実際は
実際、海華相手にそんな微妙な空気感になるだなんて事は想像もつかない。
……けれど、想像できないからと言って絶対にそうならないという可能性はないのだ。
「……いやなに、平和でいいなって思ったら自然と笑ってたみたいだ」
俺はこの状況に似合った言葉を探し出し、紡ぐ。
ほのぼのとした空間の中、気が緩んだついでに表情も緩んでしまう……みたいな描写はこの世界に数多と存在する物語でもよく起用される程有名な状況である為、これならば上手くごまかせるだろう。
「なにそれ~」
「さっすが、生粋の平和主義者だな!」
二人が各々の反応を繰り出す。
よし。どうやら、上手く誤魔化せたらしい。
俺が生粋の平和主義者かどうかはさておき……我ながら素晴らしいワードチョイスをしたと褒めてやりたい所だ。
――――そんなやり取りを続けていると、いつの間にやらフェリーは島に近づいていたらしく、エンジン音が少しずつ静かになってきているのが分かった。
「これが地玖神島か!!」
俊が意気揚々とそう言ってフェリーの端に立つと、海華もその隣に駆け寄る。
俺も二人に続いてデッキの端に立ち、迫り来る島の風景を見つめ、上陸に備えるのだった。
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